チャペル・ローンとオリヴィア・ロドリゴ。
いまのアメリカンポップを代表する若い女性アーティストだが、音楽だけを聴けばかなり違う。
チャペル・ローンは、80年代のシンセポップやディスコ、ドラァグやキャンプを取り込んだ大げさなほど華やかな世界。オリヴィア・ロドリゴは、ギター、ポップパンク、オルタナティブロックの匂いを強く残す。
ところがクレジットを追っていくと、両者の作品に何度も同じ名前が現れる。
Daniel Nigro(ダニエル・ニグロ/Dan Nigro)だ。
2025年のグラミー賞では、チャペル・ローン『The Rise and Fall of a Midwest Princess』『Good Luck, Babe!』、オリヴィア・ロドリゴ「Can’t Catch Me Now」「so american」などを対象作品として、Producer of the Year, Non-Classicalを受賞した。いま最も旬なアメリカのポップ・プロデューサーの一人と言っていい。
しかしDan Nigroの面白さは、「売れっ子だから2人を手掛けている」という話だけではない。
クレジットを見ると、2人の音楽は想像以上にDan Nigroと深く結びついている。
3000枚から全米2位へ チャペル・ローンの異常な売れ方
まずチャペル・ローン。
2023年9月に発売されたデビューアルバム『The Rise and Fall of a Midwest Princess』は、発売初週の実売がわずか約3000枚。アルバム換算でも約7000ユニットで、当初はBillboard 200にすら入らなかった。
ところが半年以上経ってからチャート入りし、その後じわじわと上昇。最終的にはBillboard 200で2位まで到達した。2025年3月時点で世界累計ストリーミングは43億回を超えている。
さらに「Good Luck, Babe!」は全米4位、「The Giver」は5位。2025年の「The Subway」は全米3位まで上昇し、自身最高位を更新した。2026年グラミーでは「The Subway」がRecord of the Yearにもノミネートされている。
つまりチャペル・ローンは、一曲だけTikTokで当たったタイプではない。
最初はほとんど売れなかったアルバムそのものが、後から巨大作品になった。
そして、そのアルバムの中身を見るとDan Nigroの存在感が異常に大きい。
全14曲すべてでDan Nigroがプロデュースに参加。
作曲クレジットでも、チャペル本人の本名Kayleigh Rose AmstutzとDan Nigroが14曲中13曲で並ぶ。唯一Danが作曲者に入っていない「Kaleidoscope」も、プロデュースはDan Nigroだ。
「HOT TO GO!」「Pink Pony Club」も、基本となる作曲クレジットはチャペルとDan。
派手な衣装とキャラクターが先に目に入るため、プロデュースされたポップスターのようにも見える。しかし実際には、本人自身が曲を書き、その横にほぼ常にDan Nigroがいる。
オリヴィア・ロドリゴもDan Nigroから離れない
オリヴィア・ロドリゴは、チャペルより一足早く巨大スターになった。
2021年『SOUR』はBillboard 200初登場1位。2023年『GUTS』も1位。そして2026年6月に発売された3枚目『you seem pretty sad for a girl so in love』も初登場1位となり、米国初週48万5000アルバム換算ユニットを記録した。
デビューからスタジオアルバム3作連続全米1位である。
ここで面白いのが、2026年になってもDan Nigroとの関係がほとんど薄まっていないことだ。
最新アルバム13曲すべてでDanがプロデュースに参加し、そのうち11曲では作曲者にも入っている。
さらにギター、ベース、ピアノ、ドラムプログラミング、バックボーカル、エンジニアリングまで担当する曲がある。もはや「プロデューサー」という一言だけでは仕事内容を説明しにくい。
チャペルは14曲中13曲。
オリヴィアの最新作は13曲中11曲。
2人ともDan Nigroへの音楽的な依存度はかなり高い。
ただし、ここを「Dan Nigroが曲を作って2人に歌わせている」と理解すると全く違う。
チャペルには単独作曲の「Kaleidoscope」がある。オリヴィアの最新作にも、本人単独作曲の「Honeybee」「Begged」がある。その曲にもDanはプロデューサーとして入っている。
つまり2人は、自分で曲を書けないからDanを必要としているわけではない。
曲を書く本人と、その曲をレコードとして最大化するDan Nigro。
この関係に近い。
言ってしまえば、Dan Nigroは2人にとって「見えないバンドメンバー」のような存在なのかもしれない。
チャペル・ローンとオリヴィア・ロドリゴ本人もつながっている
しかも2人は「同じプロデューサーを使っているだけ」でもない。
まだチャペルが現在ほど知られていなかった2022年、オリヴィアのSOUR Tourでオープニングを担当。2024年にはGUTS World Tourの序盤でも再びオープニングアクトを務めた。
チャペルはオリヴィアの「lacy」「obsessed」「Can’t Catch Me Now」でバックボーカルにも参加している。
そして2024年8月、ロサンゼルス公演では今度はオリヴィアがチャペルをゲストとして呼び込み、2人で「HOT TO GO!」を歌った。
さらに2026年8月、オリヴィア自身が立ち上げたDaisy Chain Fieldsフェスティバルにもチャペルが出演している。
オリヴィアが先に巨大スターになり、そのツアーにチャペルを連れていく。
そのチャペルも巨大スターになる。
そして現在も両者の中心にDan Nigroがいる。
偶然というより、一つの制作コミュニティとして見た方が分かりやすい。
共演相手を見ると、2人の違いがさらに面白い
そして、ここからが音楽好きには面白い。
チャペル・ローンは2025年、エルトン・ジョンのAIDS Foundationのイベントで本人と共演した。
「Don’t Let the Sun Go Down on Me」に加えて、エルトンがチャペル側の「Pink Pony Club」にまで参加している。チャペルはステージ上で、クィア・コミュニティのために道を切り開いたエルトンへの感謝も語った。
チャペルの派手な衣装、ショーとしてのポップ、ピアノ、キャンプ的な表現を考えれば、エルトン・ジョンとの接続はかなり自然だ。
一方のオリヴィア・ロドリゴ。
2025年のGlastonburyでゲストとして出てきたのは、The Cureのロバート・スミスだった。
オリヴィアはロバートを「personal hero」と紹介し、2人で「Friday I’m in Love」と「Just Like Heaven」を演奏した。
これだけでも十分に面白かったが、話はそこで終わらなかった。
2026年の最新アルバムでは「What’s Wrong With Me」にRobert Smithが正式参加。
バックボーカルだけではなく、ギター、ピアノ、6弦ベース、エンジニアリングまで担当している。プロデュースはもちろんDan Nigroだ。
つまり、
チャペル・ローン → Elton John
オリヴィア・ロドリゴ → Robert Smith
という線が実際につながってしまった。
同じDan Nigroと作っているのに、一方は華やかなショービジネスとグラム/ポップの方向へ伸び、もう一方はThe Cureにつながるオルタナティブロックの方向へ伸びていく。
これはDan Nigroというプロデューサーを考える上で非常に重要だ。
Dan Nigroの音に染める人ではない
ではDan Nigro自身は、どこでこの制作方法を身につけたのか。
彼はもともとニューヨークのロックバンドAs Tall as Lionsのフロントマンだった。
バンド解散後はソングライターとして活動し、Justin Raisen、そしてAriel Rechtshaidらと仕事をする中でプロデュースを学んでいった。
本人によれば、特にそこで学んだのは「曲には一つの正解の音しかないわけではない」ということだった。
アコースティックで書いた曲でも、80年代風のドラムを入れることもできる。90年代ロックの巨大な音にすることもできる。
Danはそれを曲に着せる“clothes”と表現している。
Justin Raisenと作ったアイデアをAriel Rechtshaidへ送り、それがSky Ferreiraの「You’re Not the One」につながったことも、Danにとって初期の大きな転機だった。
ここまで辿ると、チャペルとオリヴィアが同じ音にならない理由も分かる。
Dan Nigroが持っているのは、「Dan Nigroサウンド」という完成済みの型ではない。
本人が持っている曲やキャラクターを見つけ、それに一番似合う服を着せる技術なのだ。
プロデューサーからレーベルへ
そして現在、Dan Nigroはさらに一歩進んでいる。
2023年、自身のAmusement Recordsを設立。その最初の中心的存在となったのが、以前のレーベルとの契約を失っていたチャペル・ローンだった。
2025年にはUniversal Music GroupがAmusement Recordsとの提携を拡大。Dan自身も、アーティストが自分のペースで成長できる場所を作りたいという趣旨を語っている。
つまりDan Nigroは、
曲を書く人から、
プロデューサーへ、
さらにアーティストを発掘・育成するレーベル側の人間へと進んでいる。
チャペル・ローンの成功は、その最初の巨大な成果でもある。
2020年代のポップスターは「作られる」のではなく、一緒に作る
チャペル・ローンとオリヴィア・ロドリゴ。
2人とも自分で曲を書き、自分の強烈なキャラクターを持っている。
だからDan Nigroが2人を「作った」と書いてしまうのは少し違う。
しかし、Dan Nigro抜きで現在の2人の音を説明するのも難しい。
チャペルのデビューアルバム14曲すべて。
オリヴィアの2026年最新作13曲すべて。
そこにDan Nigroがいる。
それでも出来上がった音はまったく違う。
チャペル・ローンを辿ればElton Johnへ。
オリヴィア・ロドリゴを辿ればRobert Smithへ。
その両方の真ん中にDan Nigroがいる。
自分の音を押しつけるのではなく、アーティストの中にすでにあるものを巨大なポップミュージックへ変換する。
いまDan Nigroが面白いのは、ヒット曲を何曲作ったかだけではない。
彼の仕事を追うと、2020年代のアメリカンポップがどうやって作られているのか、その裏側まで見えてくる。


