「ゾンビたばこ」という言葉をニュースで見かけるようになった。
見た目は電子たばこに近いが、吸引すると意識障害やふらつき、けいれんなどを起こし、身体のコントロールを失うことがある。
その様子から付いた呼び名が「ゾンビたばこ」だ。
海外でもさまざまな俗称があり、香港ではエトミデートを主成分とする「space oil(太空油)」、シンガポールではエトミデート入りVAPEが「Kpods」などと呼ばれている。「zombie vape」という呼び方もある。
日本ではここ1年ほどで急速に問題が表面化しているが、世界を見ると、地域ごとに広がっているドラッグはかなり違う。
日本では大麻と覚醒剤が依然として大きな割合を占める一方、コカインの検挙が増えている。
東・東南アジアではメタンフェタミン、ヨーロッパではコカイン、北米ではフェンタニル。
ゾンビたばこを入口に、日本と世界のドラッグ事情を見ていく。
ゾンビたばこの正体は「エトミデート」
ゾンビたばこに使われているのが、エトミデートだ。
海外では麻酔導入薬などとして使われてきた成分で、日本では医薬品として承認されていない。
問題になっているのは、これを電子たばこのリキッドやカートリッジに混ぜて吸引する使い方だ。
厚生労働省は、意識障害、けいれん、呼吸抑制などの重大な健康被害を起こす可能性があるとして注意を呼びかけている。
日本では2025年5月26日から指定薬物として規制され、医療など正当な用途を除き、製造、輸入、販売、所持、使用などが原則禁止された。
日本では沖縄から問題が表面化した
国内で早くから問題が目立ったのが沖縄だった。
2025年2月以降、県内でエトミデートを含む危険ドラッグの押収や、交通事故との関連が疑われる事例が相次いだ。
規制が始まった5月26日には、浦添市でエトミデートを所持していたとされる事件が発生。
その後、7月9日に20歳の男2人が逮捕され、規制後では全国初の摘発とみられている。
さらに2026年3月末までには、12都府県でエトミデート関連の検挙事例が確認された。
すでに「沖縄だけの問題」という段階は過ぎている。
若い世代への広がり
沖縄県が2026年6月末までに確認した、危険ドラッグが原因と疑われる救急搬送は累計87人。
内訳は、
20代 45人
30代 25人
20歳未満 10人
となっている。
20代だけで半数を超え、若い世代への偏りが目立つ。
ゾンビたばこはなぜ広がるのか
国内の摘発例では、エトミデート入りカートリッジが1本約1万5,000円前後で販売されていたケースがある。
1本が1回分とは限らず、数回に分けて使用されるものもあるとみられる。
比較すると、覚醒剤について財務省は、末端価格を1gあたり5万8,000円、通常使用量1回分を0.03gとして換算している。
単純計算では1gで約33回分だ。
このため、ゾンビたばこが「特別に安いから流行している」とまでは言えない。
むしろ特徴的なのは、その形と売られ方だ。
見た目は普通のVAPEに近く、カートリッジを装着してそのまま使える。
さらに、SNS上での違法取引も確認されている。
摘発例や報道では、Xなどで購入者を集め、Telegramなどのメッセージアプリへ誘導して取引するケースもある。
注射器や白い粉末のような、いかにも違法薬物という外見ではない。
カートリッジやデバイスもファッションアイテムのように見える。
価格、VAPEという形、SNS上での違法取引、そして見た目の軽さ。
こうした要素が重なり、若い世代の生活圏に入り込みやすくなっていると考えられる。
日本にはどこから入ってきているのか
公表された密輸事件を見ると、流入経路は一つではない。
確認されている例では、
インドから成田空港へ粉末約100g
タイから関西空港へカートリッジ約1000個
マレーシアから関西空港へ約1.27kg
などがある。
さらに2026年には、タイから羽田空港へ約4kgを持ち込んだ事件も摘発された。
つまり、「中国から日本へ」という一本のルートで説明できるものではない。
アジア域内に複数の流通経路が存在していると見る方が実態に近い。
エトミデートはアジアで広がってきた
エトミデートの乱用自体は最近始まったものではない。
英国政府の薬物専門機関の整理では、韓国で2011年ごろから乱用が確認され、その後、中国では2021年ごろから電子たばこ型での使用が広がった。
さらに香港、台湾、シンガポールなどへ波及。
タイでは「zombie cigarettes」と呼ばれ、2024年には50万本以上の電子たばこを製造できる規模とされた違法施設も摘発されている。
大きく見ると、
韓国
↓
中国で電子たばこ型が拡大
↓
香港・台湾
↓
東南アジア
↓
日本
という流れが見えてくる。
日本で多い薬物は何か
では、ゾンビたばこ以外では何が多いのか。
警察庁の2025年統計では、薬物事犯の検挙人員は1万4,574人。
主な内訳は、
大麻 6,832人
覚醒剤 6,395人
コカイン 804人
だった。
大麻と覚醒剤がほぼ二強となっている。
一方、増加が目立つのがコカインだ。
2025年の検挙人員804人は過去最多となった。
現在の日本を大まかに整理すると、
最大勢力=大麻・覚醒剤
増加が目立つ=コカイン
新興=エトミデート
という構図になる。
大麻は「検挙数=流行」ではない
世界と比較する際、大麻だけは少し注意が必要だ。
カナダや米国の一部州、ヨーロッパの一部地域などでは合法化や非犯罪化が進んでいる。
そのため、検挙人数だけを比較しても実際の使用状況は分からない。
日本では違法であるため検挙されるが、合法地域では使用者が多くても検挙されない。
海外のドラッグ事情を見る場合は、使用率、押収量、死亡者数、治療件数など複数の指標を見る必要がある。
アジアではメタンフェタミンが大きな市場
ゾンビたばこが注目されているものの、東・東南アジアで最大級の市場を持つのはメタンフェタミン、つまり覚醒剤だ。
UNODCによると、2024年の世界のメタンフェタミン押収量のうち、東・東南アジアが約48%を占めた。
ミャンマー周辺の「ゴールデントライアングル」などを中心に大規模な生産が続き、錠剤型と結晶型の両方が流通している。
さらにケタミンの市場も大きく、エトミデートのような新しい合成薬物も加わっている。
アジアでは、従来型の覚醒剤市場の上に、新しいタイプのドラッグが重なり始めている。
ヨーロッパではコカインが拡大
ヨーロッパで最も広く使用されている違法薬物は大麻だ。
ただ、現在特に勢いが目立つのはコカインである。
EUでは2024年、約330トンが押収された。
下水中の薬物濃度を調べる調査でも、多くの都市でコカイン使用量の増加が確認されている。
MDMAはナイトライフ系で定着し、ケタミンや合成カチノンも存在感を増している。
欧州の特徴は、一つの薬物だけが突出しているというより、複数の市場が並行して拡大していることだ。
北米ではフェンタニルが深刻
アメリカでは事情が大きく異なる。
大麻の使用者数は非常に多いが、社会的な被害の中心となっているのはフェンタニルなどの合成オピオイドだ。
2025年の米国の薬物過剰摂取による死亡者数は約7万人。
減少傾向にはあるものの、依然として極めて大きな規模である。
フェンタニルは非常に強力な合成オピオイドで、少量でも呼吸抑制を起こし、過剰摂取による死亡につながる。
アメリカで「ゾンビドラッグ」と呼ばれるものには、フェンタニルやキシラジンが関係するケースがある。
日本で言う「ゾンビたばこ」とは別物だ。
名前は似ていても、使われている成分も、背景にある薬物市場も違う。
南米は「使う側」ではなく「供給する側」で見る
ここまで見てきたのは、主に「どの地域で何が使われているか」という需要側の話だ。
南米では、今度は供給側を見る必要がある。
特にコロンビア、ペルー、ボリビア周辺ではコカ栽培が続き、南米は世界のコカイン供給の中心地となっている。
2024年にはコカ栽培面積も潜在的なコカイン生産量も過去最高水準に達した。
供給量の拡大は、ヨーロッパをはじめ世界各地でコカイン市場が広がっている背景の一つでもある。
日本でコカインの検挙が増えていることも、世界市場の拡大と切り離して見ることはできない。
地域によって主役は違う
現在の状況を整理すると、
日本
大麻・覚醒剤が中心。コカインが増加し、エトミデートが新たに流入。
東・東南アジア
メタンフェタミンが最大級。ケタミンや新型合成薬物も広がる。
ヨーロッパ
大麻使用者が多く、コカイン市場が拡大。
北米
フェンタニルを中心とするオピオイド危機。
南米
コカインの世界的な生産・供給拠点。
世界中で同じドラッグが同じように広がっているわけではない。
規制、流通経路、犯罪組織、社会環境によって、地域ごとに主役は変わる。
手軽さに潜む依存
薬物が若者文化やファッションと結びつくこと自体は、今に始まった話ではない。
変わっているのは、その姿だ。
ゾンビたばこは、見た目だけなら普通のVAPEに近い。
電子たばこのカートリッジやグミ、錠剤、液体など、日用品や嗜好品と見分けにくい形で流通するものも増えている。
身近に見えることと、安全であることは同じではない。
手軽さの裏側に、強い作用や依存、重大な健康被害が隠れていることがある。
ゾンビたばこは、変化する薬物市場の一つの象徴といえる。


