安倍政権がインバウンド拡大期に推し進めた民泊制度が、いま大きな転換点を迎えている。
東京都新宿区は、住宅地や学校周辺で民泊の営業を原則禁止する方針を固めた。
対象となるのは新規の民泊だけではない。すでに営業している施設にも新たな規制を適用する方針で、新宿区内の約2000件が営業できなくなる可能性がある。
新宿区の民泊は2026年8月末時点で3928件。全国の市区町村で最も多く、その半数を超える規模が今回の規制の影響を受ける可能性がある。
では、いつから営業できなくなるのか。民泊事業者はどうなるのか。そして新宿に続き、東京の他の区でも同様の規制が広がるのだろうか。
新宿区の民泊、実に23.3%が中国籍の届出者
まず、新宿の民泊がどのような人たちによって運営されているのかを見てみたい。
新宿区が公表した2026年3月末時点の資料では、現存していた民泊3749件の届出者を国籍別に見ると、次のようになっている。
日本 2375件 63.4%
中国 872件 23.3%
韓国 224件 6.0%
台湾 186件 5.0%
実に23.3%、約4件に1件弱が中国籍だった。
ただし、これは「物件所有者の23.3%が中国人」という意味ではない。
法人による届出の場合は法人代表者の国籍で集計されており、さらに新宿区の民泊の75.9%は、届出者自身が物件の「賃借人」だ。
つまり、マンションなどを所有して自ら貸しているケースだけではなく、物件を借り、それを民泊として運用する事業者が非常に多い。
新宿の民泊は「自宅の空き部屋を貸す」姿とは違う
そもそも民泊という言葉から、自宅の空いている部屋を旅行者に貸すような姿を想像する人もいるだろう。
しかし、新宿区の実態はかなり違う。
同じ3749件を調べると、
法人による届出 81.1%
共同住宅 90.8%
届出者が賃借人 75.9%
家主不在型 93.5%
となっている。
さらに対象住宅の87.5%は、住宅宿泊事業法上の「入居者募集中の物件」に分類されている。
現在の新宿の民泊は、個人が自宅の一部を旅行者に開放するというより、マンションや住宅を使った宿泊ビジネスとしての性格がかなり強くなっている。
なぜ約2000件が営業できなくなるのか
今回、新宿区が原則として民泊営業を禁止する方針なのは、都市計画上の住居専用地域や文教地区などだ。
家主が同居し、適切な管理ができるなど一定の条件を満たす施設については例外も検討されているが、家主不在型が大部分を占める現在の新宿では影響が大きい。
商業地域についても無制限というわけではない。
住宅宿泊事業法では年間180日まで営業できるが、新宿区は商業地域についても上限を120日に縮小する方針だ。
区は2026年10月にも意見公募を始め、2027年2月の区議会に条例改正案を提出する見通し。施行は2027年夏ごろを目指している。
既存施設には一定の猶予期間が設けられるため、2027年夏に2000件が一斉に閉鎖されるわけではない。
ただ、最終的に条例案が現在の方針通り成立すれば、多くの民泊事業者が撤退や移転、通常の賃貸住宅への転換などを迫られる可能性がある。
「旅館業に切り替えればいい」ほど簡単ではない
日本で民泊や宿泊施設を営業する方法は、大きく分けると旅館業法による許可、国家戦略特区の特区民泊、住宅宿泊事業法による届出の3つがある。
今回、新宿区が規制する中心は、住宅宿泊事業法に基づく届出民泊だ。
ならば旅館業の許可を取り、ホテルや簡易宿所として営業すればいいようにも思える。
しかし、簡単ではない。
住宅宿泊事業法の特徴の一つは、本来ホテルや旅館を営業できない住居専用地域でも、住宅として一定の日数まで宿泊客を受け入れられることにある。
逆に言えば、住宅だからこそ民泊として営業できていた物件も多い。
用途地域、建築基準、消防設備などの条件を満たせない物件では、民泊を禁止されたからといって、そのまま旅館業へ切り替えることはできない。
今回の規制対象となる約2000件のうち、どれだけが別の宿泊業態へ転換できるかは分からないが、単純な看板の掛け替えでは済まない。
苦情は1年間で542件増えた
新宿区がここまで踏み込む背景には、民泊の急増と住民トラブルがある。
新宿区の民泊施設数は、
2021年度末 1366件
2022年度末 1425件
2023年度末 2166件
2024年度末 3070件
2025年度末 3749件
と急増した。
そして2026年8月末には3928件まで増えている。
それに伴って苦情も増えた。
2025年度に新宿区へ寄せられた民泊関連の苦情は、届出民泊が924件、違法民泊が410件。合計1334件だった。
前年は届出民泊561件、違法民泊231件の合計792件。
わずか1年間で542件増えたことになる。
新宿区が挙げている主な内容は、ごみ、騒音、たばこなどだ。
ホテルであれば宿泊客が出入りすることを前提に建物や地域が作られている。
一方、民泊では普通のマンションや住宅街に、短期間で入れ替わる旅行客が出入りする。
民泊が数件なら問題にならなくても、それが地域内で何百件、何千件と増えれば、住宅地そのものの環境が変わってくる。
規制で住宅街のインバウンド問題は収まるのか
今回の規制によって、訪日外国人観光客そのものが減るわけではない。
2026年7月の訪日外国人数は344万2100人で、7月として過去最高だった。
また、住宅宿泊事業法による全国の民泊では、2026年4~5月の宿泊者の62.4%が外国人だった。
同期間の延べ宿泊者数は全国で174万5359人泊。
そのうち東京都だけで97万6859人泊と、全国で最も多い。
つまり民泊は、現在のインバウンドを支える宿泊インフラの一つになっている。
新宿の約2000件が営業できなくなれば、その需要の一部はホテルや旅館、営業可能な地域の民泊、あるいは新宿以外の地域へ移ることになるだろう。
一方で住宅街に住む側から見れば、短期滞在の旅行者が日常的に出入りする環境は減る可能性がある。
今回の規制は「外国人観光客を新宿から追い出す」という政策ではない。
住宅として使われる地域と、観光客を泊める宿泊地域をもう一度分け直す政策と見る方が近い。
安倍政権で始まった民泊拡大から約10年
現在の民泊制度につながる大きな転換が起きたのは安倍政権時代だ。
2015年には政府の規制改革の議論で民泊が本格的な検討対象となり、2016年6月には「規制改革実施計画」を閣議決定。
家主居住型と家主不在型の双方を含む、新たな民泊制度の基本設計が示された。
当時、日本では訪日外国人が急増しており、政府は観光立国を掲げていた。
宿泊施設不足への対応や空き家・空き室の活用、多様化する旅行者の宿泊ニーズへの対応などを背景に、2017年6月に住宅宿泊事業法が成立。
2018年6月15日に施行された。
これによって、旅館業の許可を取らなくても、自治体へ届け出ることで年間180日まで住宅を宿泊施設として利用できる全国的な制度が整った。
当時は「増え続けるインバウンドをどう受け入れるか」が大きな課題だった。
それから約10年。
今度は、増えた民泊と住宅地をどう分離するかが課題になり始めている。
東京21区が国に制度見直しを要求
そして、新宿だけの動きと考えるのは早い。
2026年、東京23区のうち21区の区長が連名で、国に「住宅宿泊事業の適正化に関する要望書」を提出している。
東京の特別区にある届出民泊は、すでに全国の4割以上を占める。
21区は、宿泊者による騒音やごみの不適正排出、事業者と連絡が取れず必要な指導ができないケース、無届営業などが後を絶たないとして、法改正を含む制度見直しを国に求めた。
さらに観光庁は2026年7月15日、自治体に対して「ゼロ日規制」に関する技術的助言を通知した。
地域の生活環境を守る必要がある場合、自治体が条例によって特定地域で民泊を営業できる日数を0日にすることも可能だと改めて示した形だ。
すでに他の区でも民泊規制は始まっている
実際、民泊規制を強化しているのは新宿だけではない。
豊島区では2026年12月16日から、既存の民泊を含め、区内全域で営業可能期間を年間120日に制限する。
春休み、夏休み、冬休みに限定する制度だ。
さらに新規施設については、住居専用地域、住居地域、準工業地域、文教地区など区内約70%のエリアで新規開設を認めない。
渋谷区、千代田区、台東区、江戸川区、墨田区などでも民泊への規制強化が進み、中野区などでも条例見直しの動きが出ている。
ただし、多くの自治体ではこれまで、新規施設への規制を強める一方、すでに営業している施設には経過措置を設ける形が取られてきた。
その中で新宿区が今回踏み込んだのが、既存施設を含む約2000件に新しい地域規制を適用する方針だ。
今後の焦点は、民泊を規制する区が増えるかどうかだけではない。
「すでに営業している民泊にも規制を広げるのか」が次の段階になる。
民泊を増やす時代から、場所を選ぶ時代へ
インバウンドは現在も高水準にあり、日本に宿泊施設が必要であることは変わらない。
民泊にも、ホテルでは対応しにくい家族旅行や長期滞在などを受け入れる役割がある。
一方で、住宅街に大量の宿泊施設を作れば、そこで暮らしている住民との摩擦が生まれる。
2010年代、日本は民泊を増やすための制度を作った。
2020年代後半、その制度をどこまで住宅地で認めるのかを自治体が問い直し始めている。
全国最多の民泊を抱える新宿区が、既存施設を含む約2000件に規制をかける方針を示した意味は小さくない。
次に見るべきは、東京の他の区が新宿と同じように、既存民泊まで規制対象に広げるかどうかだ。
東京の民泊は、「増やす時代」から「場所を選ぶ時代」へ入りつつある。
参考資料
・新宿区「届出状況及び苦情処理について」
住宅宿泊事業の施設数、2025年度の苦情件数、2026年3月末時点の届出状況・内訳
・新宿区「住宅宿泊事業の届出状況・内訳(令和8年3月31日時点)」
届出者の国籍、法人・個人、所有・賃借、共同住宅、家主居住・不在などの内訳
・新宿区「住宅宿泊事業の適正化に関する要望書」
東京23区のうち21区の区長が連名で国に制度見直しを要望
・観光庁「住宅宿泊事業法に規定する届出住宅に係るゼロ日規制等について(技術的助言)」
2026年7月15日公表
・豊島区「令和7年第4回定例会の報告について」
既存施設を含む年間120日規制、新規施設の区域規制
・観光庁 民泊制度ポータルサイト「法整備の背景」
2016年の規制改革実施計画、2017年の住宅宿泊事業法成立、2018年施行までの経緯
・観光庁 民泊制度ポータルサイト「住宅宿泊事業法の施行状況」
2026年4~5月の宿泊実績、外国人宿泊者比率、東京都の延べ宿泊者数
・日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数(2026年7月推計値)」
2026年7月の訪日外客数344万2100人
・テレ朝NEWS「東京・新宿区が住宅地や学校周辺での民泊営業禁止へ 相次ぐトラブル受け」
2026年9月7日。約2000件、既存施設への適用、商業地域120日、2027年夏ごろ施行方針


