ヤマト運輸が、ベトナム人の大型トラックドライバーを年間100人規模で採用する。
ベトナムのFPTグループと組み、現地で半年、日本で1年間をかけて育成。日本語、日本文化、安全運転を学び、日本の大型自動車第一種免許とヤマト独自の社内運転免許を取得した後、拠点間輸送を担当する計画だ。ヤマトは2027年から毎年100人程度の採用を目指している。
教育は厚い。
それでも500人という数字を聞けば、気になることはある。
交通事故だけではない。
遅刻、欠勤、突然の離職。荷物の紛失や持ち出し。社内システムの不正利用。薬物。勤務態度。職場でのトラブル。そして問題が起きた時、日本語で正確に事情を説明できるのか。
預けるのは大型トラックだけではない。
大量の荷物と、物流そのものだ。
「N3を学ぶ」と「N3に合格する」は違う
ヤマトの計画では、ベトナムでN4レベル、日本でN3レベルの日本語教育を行う。
公式発表に書かれているのは、日本で「N3レベル」の日本語を学ぶという計画だ。JLPTのN3合格を単独乗務の必須条件にするとは書かれていない。
国の特定技能制度でトラック運転者に求められる日本語能力は、JLPT N4以上またはJFT-Basicへの合格。バス、タクシーはN3以上が基本となっている。
事故が起きた。
荷物が足りない。
物流拠点でトラブルになった。
警察から事情を聞かれた。
「何時に出発したのか」「誰からどんな指示を受けたのか」「いつ異常に気づいたのか」「なぜ報告しなかったのか」。
日常会話とは違う。
責任問題になった時、自分の行動を正確に説明できるのか。日本語だけでは難しければ、会社側が通訳を介して事実確認することになる。
国交省でも、外国人運転手の日本語能力に応じ、日本語サポーターや翻訳機器、営業所との緊急連絡体制といった対策が議論されている。言葉の問題は、事故が起きてから考える話ではない。
500人規模なら、深夜の事故や重大な貨物トラブルまで想定した体制が必要になる。
荷物を届け、代金を受け取り、システムには虚偽の情報
ベトナム国内の配送現場では、配送員による内部不正も実際に起きている。
2026年9月、フート省では配送会社の従業員が、36件の荷物を客に届けてCOD代金を回収しながら、会社のシステムには事実と異なる配送情報を入力し、代金を会社へ納めなかったとして立件された。
物流会社は、従業員を信用しなければ仕事にならない。
車両を預ける。
荷物を預ける。
物流拠点への出入りを認める。
会社のシステムを使わせる。
運転ができれば終わりではない。
「この人物に会社の車両と他人の財産を預けられるのか」
そこまで含めて採用である。
外国人を信用するか、しないかという話ではない。
500人を信用できるだけの審査と管理を、ヤマトが本当に用意しているのか。
聞きたいのはそこだ。
日本でも、来日ベトナム人の刑法犯検挙では窃盗が目立つ
日本国内の数字もある。
警察庁によると、2025年の来日ベトナム人による犯罪の検挙は、来日外国人犯罪全体の総検挙件数の42.3%、総検挙人員の32.6%を占め、いずれも国籍別で最多だった。
刑法犯の検挙件数では窃盗が82.2%、検挙人員でも51.9%を占めている。
ただし、これはベトナム人全体の犯罪率ではない。
警察庁の「来日外国人」は永住者などを除いた統計区分であり、2025年6月末時点で同区分のベトナム人は63万6681人いる。検挙件数だけを取り出して「ベトナム人は危険だ」と結論づける数字ではない。
それでも、他人の財産を大量に扱う物流会社が、窃盗や内部不正をリスク項目から外す理由もない。
犯罪経歴はどこまで確認するのか。
薬物検査はするのか。
過去の交通違反歴は。
以前の勤務先で重大な問題を起こしていなかったか。
ヤマトが公表している計画では、日本語、安全教育、免許取得、生活支援については詳しく説明されている。一方、こうした人物審査を500人についてどこまで実施するのかは、公開資料からは分からない。
やっているのであれば、公表してほしい。
それ自体が安心材料になる。
最後は「理解の範疇」に入る人なのか
ここまでなら、ある程度は数字で確認できる。
日本語試験の点数。
運転免許。
事故歴。
交通違反歴。
犯罪歴。
薬物検査。
だが、人を雇う時に見ているものは、それだけではない。
責任感があるか。
自分のミスを隠さず報告できるか。
他人が困ることを想像できるか。
困っている人に手を差し伸べられるか。
仕事を放り出さないか。
もっと言えば、優しさがあるか。
こうしたものは試験の点数にはならない。
日本人を採用する時だって同じだ。
同じ日本人でも、どうしてそこでそんなことをするのか、こちらの理解を超える人間はいる。
逆に、国籍も育った環境も違うのに、その行動なら分かる、この人なら任せられると思える人もいる。
結局、人を信用できるかどうかには、その人の行動が自分たちの「理解の範疇」にあるかという部分がある。
約束を守る。
ミスをしたら報告する。
人の物を取らない。
困っている相手を放っておかない。
他人に迷惑をかけたら申し訳ないと思う。
法律以前に、社会はそんな小さな共通理解で回っている。
外国から500人規模で人を採る難しさは、日本語や免許だけではなく、この部分をどう見極めるのかにもある。
文化の違いをすべて消す必要はない。
だが、仕事をする上で共有しなければならない感覚まで「文化が違うから」で済ませることはできない。
日本人も「人数だけ増やせ」と言っているわけではない
出入国在留管理庁が日本人4424人を対象に行った調査では、外国人との共生に向けて外国人に求めることとして、「日本の習慣、生活ルールを守る」が77.5%、「日本語や日本の文化を学ぶ」が60.7%だった。
政府自身も、外国人の受け入れにあたり、日本語や日本の制度・ルールを理解し、責任ある行動を取ることが重要だとしている。
働いてもらう。
日本語は通じてほしい。
日本の仕事や生活のルールは守ってほしい。
企業にはきちんと管理してほしい。
それほど特別な要求ではない。
ヤマトは利益より、輸送力確保に追われている
ヤマトにも事情がある。
同社の統合レポートでは、長時間労働や賃金水準などを背景にドライバー不足が慢性化し、2030年には国内の輸送力が34%不足する恐れがあるとしている。
宅急便ネットワークの幹線輸送の約9割は、輸送パートナーへの委託だ。長距離輸送のキャパシティ低下は、そのままヤマトの経営リスクになる。
2024年問題への対応策として始めた国内線貨物専用機も、運航終了が決まった。ヤマトとJALは、2027年6月をめどに現在の国内線フレイターの運航を終えるとしている。
今回の500人計画を、単純に「安い外国人を使って利益を増やしたい」と見るのは違うだろう。
ヤマトにはもっと切実な事情がある。
運ばなければならない。 輸送力を確保しなければならない。
むしろ、そこが気になる。
年間100人という数字が、いつの間にか目的にならないか。
厳しい基準で選んだら30人しか残らなかった。
その時、本当に30人で止められるのか。
100人をそろえるために条件を緩めないのか。
人数を守るのか。
基準を守るのか。
500人計画で見たいのはそこだ。
欧州は今も「受け入れた後」の統合に向き合っている
外国人受け入れを日本より早く拡大してきた欧州では、移民の統合が現在も政策課題になっている。
欧州委員会が2025年に公表した中間レビューでは、教育、雇用、医療、住宅に課題が残り、公共サービスや住宅への圧力も指摘されている。
欧州と日本では制度も歴史も、受け入れてきた人の構成も違う。
そのまま日本の将来になるわけではない。
ただ、人を受け入れれば雇用契約だけで終わらないことは分かる。
住む。
病院へ行く。
家族を持つ。
子どもが学校へ通う。
地域社会で暮らす。
受け入れた後に考えるのではなく、受け入れる前に考えられる。
日本にはその時間がまだある。
即配をやめたっていい
ここでヤマトだけを責めても、話は終わらない。
便利さを要求してきたのは私たちでもある。
翌日届く。
細かな時間指定ができる。
安く送れる。
注文すればすぐ来る。
人が足りなくなっても、その便利さだけは落とさない。
だから新しい労働力が必要になる。
でも、本当にそこまでして維持しなければならないのか。
翌日届いていた荷物が翌々日になったっていい。
時間指定の枠が減ったっていい。
配送回数を減らしてもいい。
即配をやめたっていい。
人手が足りないなら、サービスを少し縮めるという方法もある。
今の便利さを100%守るために、人手不足のたびに海外から労働力を補う。
それだけが答えではない。
コンビニもそうだ。
外食もそうだ。
介護、建設、宿泊もそうだ。
人が足りなくなるたび、「では新しい労働力を入れよう」と考える前に、今まで当然だと思ってきたサービスそのものを見直す余地もある。
日本社会は原点に戻る時なのか
日本は便利になった。
すぐ届く。
いつでも買える。
遅くまで開いている。
安い。
待たなくていい。
その一つ一つを手放さないために、人が足りなければ新しい人を探す。
その供給元が海外へ広がっている。
だが、便利さを一つも手放さないことが、本当に豊かな社会なのだろうか。
多少待つ。
少し高くなる。
営業時間が短くなる。
翌日ではなく翌々日に届く。
必要なものを、必要な人数で回す。
そんな社会に少し戻ってもいい。
ヤマトが年間100人を採用するなら、日本語と運転技術だけではなく、犯罪歴、薬物、交通違反歴、勤務態度、貨物管理、事故時の意思疎通、そして数字だけでは測りにくい人としての信頼まで、どう見極めていくのかを知りたい。
人手不足は、警戒を解く理由にはならない。
そして私たちも、「今までと同じ便利さを維持してくれ」と言い続けるだけでは済まない。
外国から人を補ってまで、今のサービス水準を維持するのか。
少し不便になっても、無理なく回せる社会を選ぶのか。
その答えは、ヤマトだけが決めるものではない。
日本社会が一度、原点に戻る時が来ているのではないか。

