Webサイトを作る。
フォントを選ぶ。色を決める。写真を置く。文字を並べ、余白を調整する。
今では、これだけならかなり簡単にできる。
テンプレートもある。デザインツールもある。生成AIに「カッコいいWebサイトを作って」と頼めば、それらしいデザイン案まで出てくる。
しかし、商業デザインとなると話は少し違う。
そこには必ず「目的」があるからだ。
商品を買ってほしい。
店に来てほしい。
記事を読んでほしい。
サービスを知ってほしい。
問い合わせをしてほしい。
あるいは、すぐに何かを買ってもらうのではなく、「このブランドはいい」と記憶してもらうことが目的かもしれない。
商業デザインには、その先に必ず何らかのレスポンスがある。
だから、商業デザインで最初に必要なのは「カッコよさ」ではない。
ベクトルだ。
「ターゲットを絞れ」だけでは足りない
マーケティングでは、よく「ターゲットを明確にしろ」と言われる。
もちろん重要だ。
20代向けのスニーカーと、富裕層向けの不動産では、同じデザインになるはずがない。
使う写真も違う。
色も違う。
フォントも違う。
文章の長さも違えば、価格の見せ方も違う。
だからターゲットを絞る。
ただし、「狭く絞ればいい」という話ではない。
老若男女、できるだけ多くの人に使ってもらうサービスだってある。
その場合は、「幅広い人に使ってもらう」という方針そのものを明確にすればいい。
癖の強すぎるフォントを避ける。
文字を極端に小さくしない。
専門用語を減らす。
一般的な操作方法から大きく外さない。
幅広い人に使ってもらうというベクトルがあれば、それに沿ったデザインができる。
「ターゲットを絞れ」では足りない。
広いなら「広い」と決めればいい。決まっていないことが問題なのだ。
ベクトルが決まると、作り手の能力を使い切れる
ターゲットを明確にすると、ビジネスはうまくいきやすい。
その理由は普通、「顧客に刺さりやすくなるから」と説明される。
もちろん、それもある。
しかし、もう一つ大きな理由がある。
作り手側のアウトプットのパフォーマンスを最大化できるからだ。
誰に向けているのか分からない。
高級にしたいのか、親しみやすくしたいのか分からない。
情報をじっくり読ませたいのか、一瞬で行動させたいのか分からない。
そんな状態では、どれほど優秀な作り手でも判断に困る。
「高級感はほしい。でも敷居は低く」
「若者向け。でも高齢者にも分かりやすく」
「情報はたくさん載せたい。でもシンプルに」
「目立たせたい。でも広告っぽくしたくない」
一つひとつを見れば、もっともらしい。
しかし、すべてを同時に満たそうとすると、アウトプットは最大公約数へ近づいていく。
逆に、向かう方向が明確なら判断できる。
この色はいらない。
このフォントは違う。
ここには写真はいらない。
この説明は削れる。
ここだけは大きく見せる。
つまり、ベクトルを示すことで「何をするか」だけではなく、「何をしないか」まで決められる。
良いデザインとは、選択肢を増やすことだけではない。
ベクトルに合わない選択肢を捨てることでもある。
プロに任せるとは、プロの能力を最大限に使うこと
プロに任せるとは、プロに「いい感じ」を丸投げすることではない。
プロの能力を最大限に使うことだ。
そのために必要なのは、細部まで指示することではない。
向かう先を示すことだ。
条件を細かく積み上げれば、一見、依頼は具体的になっているように見える。
しかし実際には、プロが使える選択肢を削っていることがある。
高級にも親しみにも。
若者にも高齢者にも。
情報量は多く、しかしシンプルに。
すべてに同時に応えようとすれば、一番うまい手が使えなくなる。
尖った配色は使えない。
大胆な余白も取れない。
文字を極端に大きくすることも、小さくすることもできない。
本来なら最も効果的だったはずの表現が、条件を増やすたびに使えなくなっていく。
任せる側の仕事は、プロの手を細かく動かすことではない。どこへ向かうのかを示すことだ。
誰に向けるのか。
何を最も伝えたいのか。
どう感じてもらいたいのか。
最後に、どんなレスポンスがほしいのか。
そのベクトルが渡れば、プロは判断できる。
何を捨てるのか。
何を残すのか。
何を小さくし、何を大きくするのか。
そこで初めて、プロが持っている技術を最大限に使える。
プロに任せるとは、判断まで放棄することではない。
こちらが方向を決め、その方向へ進むための最良の手段をプロに委ねることだ。
AIへのプロンプトを考えると分かりやすい
この構造は、生成AIを使うと非常によく分かる。
AIに、
「カッコいい広告画像を作って」
と頼む。
何かは出てくる。
しかし、自分が思い描いていたものとは全然違うかもしれない。
当然だ。
AIには「あなたが考えるカッコいい」が分からない。
では、
「30〜40代を中心としたビジネスパーソン向け。安さではなく品質を感じさせたい。派手な広告表現は避ける。白と黒を基調にして、写真より文字を主役にする。最終的には商品説明を読ませたい」
と指示したらどうだろう。
一気に選択肢が減る。
そして、狙ったアウトプットに近づく。
これはAI特有の話ではない。
人間も同じだ。
依頼する側が方向を示す。
作る側がそれを解釈する。
色、文字、写真、レイアウトへ変換する。
受け取った人が、それを見て何かを感じ、行動する。
商業デザインとは、この一連のレスポンスを設計することでもある。
フォントは「声」になる
方向が決まって初めて、具体的なデザイン技術が生きてくる。
その代表がフォントだ。
同じ文章でも、太いゴシック体と細い明朝体では印象がまるで違う。
欧文でも、セリフ体とサンセリフ体では受ける印象が変わる。
さらに、文字の太さ、字間、行間、大文字と小文字の使い方によっても表情は変わる。
フォントは単に文字を表示するものではない。
ブランドがどんな声で話すのかを決めるものでもある。
力強く話すのか。
静かに話すのか。
知的に話すのか。
親しげに話すのか。
だから「このフォントがカッコいいから使う」ではない。
「この相手に、こういう声で伝えたいから、このフォントを使う」
という順番になる。
色は「空気」を作る
色も同じだ。
赤には赤の強さがあり、青には青の落ち着きがある。
ただし、重要なのは単純な色彩心理だけではない。
どの色を、どのくらいの面積で、何と組み合わせて使うのか。
白と黒を中心にして、アクセントカラーをほんの少し使うだけでも印象は大きく変わる。
逆に、すべてを目立たせようとして色を増やせば、情報の優先順位は見えにくくなる。
色は装飾ではない。
何を見せ、何を抑え、どんな空気の中で情報を受け取ってもらうのかを決める手段だ。
文字は文章であると同時に「形」でもある
Webデザインでは、文字の内容ばかりを考えがちだ。
しかし、画面全体で見れば文字も図形の一つになる。
大きな見出し。
その下の短い文章。
離れた位置に置かれた小さな英字。
広い余白。
それらが画面の中で一つの構図を作る。
だから文字は「何が書いてあるか」だけではなく、「どこに、どの大きさで、どう置かれているか」まで含めてデザインされる。
ここには、タイポグラフィ、視覚的階層、グリッドシステム、ゲシュタルト原則といった、長年積み重ねられてきたデザインの考え方がある。
感覚だけの世界ではない。
人間がどこを見るのか。
何と何を同じグループだと認識するのか。
どの順番で情報を読むのか。
そうした人間の視覚特性まで考えて、情報を配置する。
余白は「何もない場所」ではない
商業デザインになると、つい情報を詰め込みたくなる。
せっかく画面があるのだから商品を載せたい。
キャンペーンも見せたい。
特徴も説明したい。
ボタンも目立たせたい。
しかし、すべてを強調すると、結果的に何も強調されなくなる。
そこで余白が必要になる。
関連する情報は近づける。
違う情報は離す。
最も重要なものの周囲には、あえて何も置かない。
余白は余ったスペースではない。
情報の優先順位を作るためのスペースだ。
「売る」と「カッコいい」は対立しない
商業要素を入れるとデザインがダサくなる。
そんなイメージもある。
購入ボタン。
価格。
広告。
キャンペーン。
問い合わせ。
確かに、これらを全部「とにかく目立たせる」という発想で置けば、デザインは崩れる。
しかし、本来の商業デザインは違う。
見る。
興味を持つ。
理解する。
納得する。
そして行動する。
その流れ自体をデザインすればいい。
購入ボタンだけを突然赤く巨大にする必要はない。
ページ全体で、そこへ自然に視線を運べばいい。
商業要素はデザインを壊す異物ではない。
導線そのものがデザインなのである。
同じ商品でも、ベクトルが違えばデザインは変わる
例えば、同じ商品を販売するECサイトでも、ベクトルによってファーストビューはまるで違う。
「とにかく多くの人に、安さを伝えて購入してもらう」のであれば、価格、割引率、送料無料、レビュー数、購入ボタンなどを強く見せることには合理性がある。
一方、
「価格より品質を重視する30〜40代に、商品の質感を伝えたい」
のであれば、同じ見せ方をする必要はない。
大きな商品写真。
短いコピー。
十分な余白。
そして「商品を見る」という控えめな導線。
情報を減らすことが、むしろ目的に近づく場合もある。
どちらが優れたデザインか、という話ではない。
どちらが、そのビジネスのベクトルに合っているか。
評価すべきなのはそこだ。
デザインとは、ベクトルを形にすること
カッコいいフォントはたくさんある。
美しい配色もたくさんある。
優れた写真も、洗練されたレイアウトも無数にある。
だからこそ、それだけでは選べない。
必要なのは、
誰に向けるのか。
何を伝えるのか。
どう感じてもらいたいのか。
そして、最後にどんなレスポンスを返してほしいのか。
そのベクトルだ。
ターゲットを狭くするなら、狭くすればいい。
広くするなら、それでもいい。
重要なのは、方向が明確であることだ。
方向が決まれば、フォントにも理由が生まれる。
色にも理由が生まれる。
文字の配列にも、写真にも、余白にも理由が生まれる。
そして作り手は、自分が持っている能力を一つの方向へ集中できる。
AIへのプロンプトと同じだ。
曖昧な入力から、狙った出力を得るのは難しい。
商業デザインとは、「いい感じに作る」ことではない。
ベクトルを定め、その方向へすべての表現を揃え、狙ったレスポンスにつなげること。
その結果として美しい。
その結果としてカッコいい。
そして、その結果としてビジネスとして機能する。
それが、商業デザインの強さなのだ。


