世界には数多くの音楽フェスがある。
アメリカのコーチェラ、日本のFUJI ROCK FESTIVALやSUMMER SONIC。
その中でも、世界の音楽フェスを語るうえで外すことのできない存在が、イギリスの「グラストンベリー」だ。
毎回、世界的なアーティストが集まり、広大な会場を埋め尽くす観客。
世界最大級の音楽フェスとして知られている。
ところが、2026年。
グラストンベリーは開催されない。
人気が落ちたわけでも、運営上のトラブルが起きたわけでもない。
理由は「休耕」である。
世界最大級の音楽フェスが、畑を休ませるために一年休む。
なぜなのか。
そこをたどっていくと、グラストンベリーが単なる巨大音楽イベントではないことが見えてくる。
すべては一軒の酪農場から始まった
グラストンベリーの歴史は1970年に始まる。
場所はイングランド南西部、サマセット州にあるWorthy Farm。
現在もフェス会場となっている農場だ。
創設者は、この農場を営んでいたマイケル・イーヴィス。
別の音楽フェスを見たイーヴィスが、自分の農場でもフェスを開催してみようと考えたことが始まりだった。
第1回の観客は約1,500人。
入場料は1ポンド。
しかも、農場で搾った牛乳まで付いてきた。
今や世界最大級となったフェスの始まりとしては、驚くほど牧歌的である。
しかし翌1971年、グラストンベリーは早くも現在につながる独自の方向へ進み始める。
当時のフェスが商業化しすぎていると考えた人々が運営に加わり、音楽だけではなく、ダンス、詩、演劇、照明、即興パフォーマンスなどを組み合わせたイベントへと発展した。
この年には、現在の象徴となっている「Pyramid Stage」の原型も登場している。
そして出演者の中には、若き日のDavid Bowieもいた。
実は「音楽フェス」という名前ではない
グラストンベリーは一般に「音楽フェス」と紹介される。
もちろん、それは間違いではない。
しかし、その正式名称を見ると、このフェスの本質が少し見えてくる。
Glastonbury Festival of Contemporary Performing Arts
つまり、現代の舞台芸術を扱うフェスティバルだ。
名前の中心にあるのは「Music」ではない。
実際、現在のグラストンベリーには100を超えるステージやエリアがあり、ロック、ポップ、ヒップホップ、ダンスミュージックだけでなく、演劇、サーカス、コメディ、ダンス、大道芸、クラフトなど、さまざまな表現が存在する。
有名なPyramid Stageだけを見て帰るイベントではない。
巨大な敷地の中を歩き、知らなかった音楽に出会い、パフォーマンスに出会い、文化に出会う。
言ってしまえば、
「ステージを回るフェス」というより、「数日間だけ現れる街を歩くフェス」
なのである。
音楽だけではない――グラストンベリーの思想
グラストンベリーを特徴づけているもう一つの要素が、環境や社会への強い意識だ。
現在も農場で開催されている以上、フェスが終われば、そこは再び農地に戻る。
創設者マイケル・イーヴィスは、代々受け継いできた土地について、畑や生け垣、家畜を守ることが第一だと説明している。
その思想はフェス運営にも反映されている。
環境をテーマにしたGreen Fieldsでは、再生可能エネルギーやクラフト、環境問題などを扱う。
2019年には会場内での使い捨てプラスチック飲料ボトルの販売を禁止。
2023年には、フェス運営に必要なエネルギーを再生可能エネルギーと再生可能燃料でまかなった。
世界最大級まで巨大化しながら、
「この土地をどう使うのか」
という原点を失わない。
そこがグラストンベリーの面白さでもある。
世界最大級なのに「休耕」する
そして2026年。
グラストンベリーは開催されない。
公式に発表されている理由は「fallow year」。
休耕年だ。
毎年、20万人規模の人々や膨大な設備が農場に入れば、当然ながら土地への負担は大きい。
だから開催しない年を設ける。
農場を休ませる。
地域も休ませる。
運営する人々も休む。
普通の大型イベントなら、人気がある限り毎年開催したくなるところだろう。
しかしグラストンベリーは、あえて休む。
「もっと客を入れる」
「もっと開催する」
だけではない。
フェスが続いていくために、開催しない年を作る。
2026年の休耕年は、このフェスの思想を象徴する出来事ともいえる。
次回開催は2027年6月23日から27日まで。
一年間農場を休ませたあと、グラストンベリーは再び帰ってくる。
その思想は日本にも渡ってきた
日本の音楽ファンにとって、グラストンベリーは決して遠い存在ではない。
日本を代表する野外フェス、
FUJI ROCK FESTIVAL
その誕生にも、グラストンベリーは大きな影響を与えている。
フジロックを立ち上げた日高正博氏は、1985年ごろにグラストンベリーを見て、
「こういうものが出来ればいいな」
と思ったことが、フジロック誕生につながったと語っている。
つまり、
Glastonbury → FUJI ROCK
という一本の線が存在する。
単に海外の有名アーティストを集めるのではない。
自然の中で数日間を過ごす。
音楽以外の体験も含めてフェスを楽しむ。
その場所そのものを、一つの文化にしていく。
苗場を歩いたことがある人なら、どこか共通するものを感じるかもしれない。
日本のフェス文化をたどっていくと、その先にグラストンベリーが見えてくるのである。
今見ると、とんでもない1994年
グラストンベリーの歴史を振り返っていると、ときどき恐ろしいラインナップに遭遇する。
その一つが1994年だ。
Björk。
Manic Street Preachers。
Orbital。
Van Morrison。
Elvis Costello。
The Levellers。
そして当時の各ステージまで広げて見ていけば、後に英国音楽を代表する存在となるアーティストたちが次々と登場していた時代でもある。
特に1990年代半ばは、Britpop、オルタナティブロック、エレクトロニック・ミュージックなどが同時に巨大化していった時代。
1994年にはOrbitalがNME Stage(現在のOther Stage)のヘッドライナーを務めた。
マイケル・イーヴィスは後に、この公演によって、それまでアンダーグラウンドだったダンスミュージックが大きなステージへ進出し、「もう後戻りすることはなかった」と振り返っている。
翌1995年にはOasis、The Cure、PJ Harvey、Portisheadらが出演。
さらにStone Rosesが出演をキャンセルしたことで、代役としてPulpがヘッドライナーを務めた。
今となっては、
ラインナップを眺めているだけでご飯が食べられる。
そんな時代である。
OAKS DAILYが選ぶ、グラストンベリー伝説の3ステージ
50年以上の歴史を持つグラストンベリー。
Radiohead、Paul McCartney、Beyoncé、Blur、Pulp、The Rolling Stones、Metallica、Adele、Stormzy――。
名演を挙げ始めればキリがない。
そこで今回は、単純な「ライブの出来」ではなく、グラストンベリーというフェスを語るうえで印象的な3つのステージを選んでみたい。
David Bowie ―― 2000年
David Bowieは、実はグラストンベリーの最初期を知る人物でもある。
1971年のGlastonbury Fairに出演している。
そして29年後。
世界的スターとなったBowieが、2000年のPyramid Stageへ帰ってきた。
小さな農場の実験的イベントだった時代に出演した男が、世界最大級へ成長したフェスのヘッドライナーとして戻ってくる。
グラストンベリーの歴史そのものを一本の線でつなぐようなステージだった。
2020年にBBCがグラストンベリー50周年を記念して歴代の名演を放送した際にも、この2000年のBowie公演は選ばれている。
Jay-Z ―― 2008年
2008年のJay-Zは、違う意味で歴史的だった。
ヒップホップアーティストがPyramid Stageのヘッドライナーを務める。
今なら、それほど不思議には感じないかもしれない。
しかし当時は大きな論争になった。
「ヒップホップはグラストンベリーにふさわしいのか」
そんな声まで上がった。
特にOasisのNoel Gallagherによる批判は大きな話題となった。
そしてJay-Zは本番で、その論争そのものを演出に変えてしまう。
ステージ冒頭。
ギターを抱え、Oasisの「Wonderwall」を披露。
そこから自身の「99 Problems」へ。
批判に説明で答えるのではなく、ステージで答えた。
その後、グラストンベリーではBeyoncé、Kanye West、Stormzy、Kendrick Lamarなど、ロック以外の巨大アーティストが次々とヘッドライナーを務めていく。
2008年のJay-Zは、その扉を大きく開いた象徴的なステージだった。
Bruce Springsteen ―― 2009年
そして翌2009年。
Pyramid Stageに現れたのがBruce Springsteenだった。
アメリカン・ロックを代表する存在。
労働者、街、車、家族、希望、挫折。
アメリカという国の風景を何十年にもわたって歌ってきた男が、イギリスの田園地帯に立つ。
この年のPyramid Stageのヘッドライナーは、
Neil Young。
Bruce Springsteen。
Blur。
今見ると、これだけでも強烈である。
英国のカウンターカルチャーから生まれたグラストンベリーに、アメリカを象徴するようなSpringsteenがやって来る。
それでも違和感なく「グラストンベリー」になってしまう。
ロックだけでもない。
英国だけでもない。
若者だけのフェスでもない。
Springsteenの出演は、グラストンベリーがすでに特定のジャンルや世代、国籍では括れない場所になっていたことを象徴するステージの一つだった。
グラストンベリーは「音楽を見る場所」だけではない
世界最大級の音楽フェス。
そう説明すれば簡単だ。
しかし歴史を調べていくと、グラストンベリーという場所は、それだけでは説明しきれない。
酪農家が始めた小さなフェス。
商業化への疑問。
音楽、演劇、サーカス、ダンス、アート。
環境への意識。
社会へのメッセージ。
そして、その思想に影響を受け、日本ではFUJI ROCKが生まれた。
50年以上を経て巨大化しても、会場は今も農場である。
だから、世界中から人が集まるほど人気があっても、
畑を休ませるために、フェスも休む。
2026年は、その「休耕年」。
そして2027年。
再びWorthy Farmに音楽が戻ってくる。
いつか現地を訪れるつもりなら、2026年はグラストンベリーというフェスを知るための一年にしてもいいのかもしれない。
世界最大級の音楽フェスは、なぜ世界最大級になったのか。
そこには、出演者の豪華さだけではない理由がある。


