サカナクションの客席を見て「日本人はリズム感がない」とバカにした投稿があったけど、VMAでも腕を上げて同じようにリズムを取っていた

サカナクションのライブ会場で、観客が腕を上げ、同じような動きでリズムを取っている。

その映像を見て、「日本人はリズム感がない」と評した投稿が大きく拡散された。

サカナクションほどダンスミュージックを取り入れたバンドなのに、客席は身体全体でグルーヴせず、単調に腕を上下している。投稿はそこから「邦楽ファンは音楽そのものを聴いていない」「推しビジネスがアートを潰す」とまで話を広げていた。

日本のライブでは確かによく見る光景だ。

では、腕を上下させている客は本当にリズムを感じていないのか。

むしろ逆ではないか。

その曲をどう聴き、何に反応しているかによって、身体への出方が違う。その結果として、腕を上げてリズムを取っているだけではないのか。

チャペル・ローンでも、客は腕を上げていた

2024年、チャペル・ローンは米MTVの音楽授賞式「Video Music Awards(VMA)」で「Good Luck, Babe!」を披露した。

客席を見ると、大勢が腰や肩を使って細かくグルーヴしているわけではない。

腕を上げる。手を叩く。軽く身体を揺らす。一緒に歌う。スマートフォンを掲げる。

日本のライブでもよく見る反応だ。

しかもVMAでは、こうした客席の動きに演出が入っていた。

会場内を取材したYahoo Entertainmentによると、開演前に司会役のスタッフがフロアの観客に、胸の前で拍手するより頭の上で拍手した方がテレビ映えすると説明していた。左右に揺れたり、腕を上げたりする動きも、現場スタッフが促していたという。

つまり、腕を上げて単純な動きを繰り返す客席は、日本人だけに現れるものではない。

アメリカの大型音楽番組では、むしろ画面上で盛り上がって見える観客の動きとして意図的に作られていた。

「Good Luck, Babe!」で全身を使って踊らないのはなぜか

「Good Luck, Babe!」には明確なビートがある。

それでも客席の反応は、クラブやファンクのライブとは違う。

あの曲を聴く時、リスナーが受け取っているものはリズムだけではない。

チャペル・ローンの声がある。強烈なメロディーがある。歌詞がある。サビに向かって感情が一気に膨らんでいく。

客はそれを見て、聴いて、歌っている。

だから身体の反応は、腰や肩を細かく動かすダンスではなく、揺れる、歌う、腕を上げる、といった形にもなる。

音楽心理学でも、音楽による「身体を動かしたい感覚」と「音楽を聴いて得る快感」は同じものではない。

2025年の研究では、ファンクのようにグルーヴの強い音楽では、頭、肩、腕、腰、脚、足まで広い範囲に身体感覚が現れた。一方、「動きたい」という感覚は手足に強く、「快感」は胸や腹にも強く現れた。音楽から強い快感を得ていることと、大きく身体を動かしていることは一致しない。

音楽を深く感じている人ほど大きく踊る、という単純な関係ではない。

Radioheadの「Creep」で腰を振る必要はない

Radioheadの「Creep」をライブで聴いている客席を考えると、もっと分かりやすい。

あの曲で観客が待っているのは、細かいグルーヴだけではない。

トム・ヨークの声を聴く。歌詞に入り込む。メロディーを追う。そして静かに進んできた曲を切り裂くようにギターが鳴る瞬間を待つ。

観客は歌う。身体を揺らす。サビになれば腕も上がる。

全身で複雑なリズムを刻んでいなくても、その人が音楽に心酔していることは分かる。

それを見て「Radioheadの客はリズム感がない」とは普通言わない。

音楽には、身体を強く動かす曲もあれば、歌やメロディーや言葉に意識を集中させる曲もある。

同じ人間でも、ファンクを聴けば腰が動き、「Creep」なら歌い、「Good Luck, Babe!」なら腕を上げる。

身体の使い方は、その人のリズム能力だけではなく、その曲が何を聴かせる音楽なのかで変わる。

日本の音楽は、リズムだけを聴くようには作られていない

日本のライブで腕を上げる動きが目立つことまで否定する必要はない。

日本の音楽文化には、日本なりの嗜好がある。

日本のポップスは、身体を動かすビートだけを発達させてきた音楽ではない。

2025年に発表された研究では、1977年から2024年までの日本のヒット曲を分析したところ、ボーカルメロディーは米Billboardのヒット曲とは異なる変化を続けていた。

近年の日本のヒット曲では音程の予測困難性が大きく上昇し、1996年以降はBillboardのヒット曲よりも高い情報量を示した。一方、リズム面の長期的な変化には日米で似た傾向も確認されている。

日本の音楽がリズムに弱い、という結果ではない。

リズムを持ちながら、メロディー側にも多くの情報を載せてきた。

J-POPを聴けば、転調、複雑なコード、細かく動くメロディー、言葉数の多い歌詞、AメロからBメロ、サビへと続く展開を追う曲も珍しくない。

身体でビートだけを追うのではなく、耳と頭と感情で追いかける要素が多い。

その音楽を好んできた客席の身体表現が、クラブのダンスフロアと同じになる必要はない。

日本には「縦ノリ」と「横ノリ」がある

日本人がリズムを身体で感じない、という説明とも合わない。

日本には「ノリ」という言葉がある。

さらに「縦ノリ」「横ノリ」と、身体をどちらに動かすかまで言葉になっている。

2018年に東京藝術大学などの研究者が発表した研究では、日本語の「ノリ」と英語圏で使われる「groove」の関係を調べている。

テンポやリズムパターンを変えたドラム音源を聴かせると、身体を動かしたくなる強さや方向も変化した。「ノリ」と「groove」は、身体を動かしたくなる感覚という点で大きく重なりながら、完全に同じ概念ではなかった。

日本人はリズムを感じないのではない。

曲に合わせて縦にも揺れるし、横にも揺れる。

拳を上げる。手拍子をする。ペンライトを振る。クラブへ行けば身体全体で踊る。

サカナクションの会場で腕を上げているからといって、それが日本人にできる唯一のリズム表現というわけではない。

サカナクションだから、なおさら単純ではない

サカナクションはロックとダンスミュージックを強く接続してきたバンドだ。

四つ打ちも使う。電子音も使う。クラブミュージックからの影響も大きい。

だから、客席を見て「もっと自由に身体を動かしてもいいのに」と感じること自体はおかしくない。

実際に身体全体で踊っている客もいる。

それでもライブに来た全員が、曲をダンスミュージックとしてだけ聴いているわけではない。

山口一郎の声を聴いている人もいる。メロディーを聴いている人もいる。歌詞を追っている人もいる。演出を見ている人もいる。ビートを感じながらサビを待っている人もいる。

そして大きな拍が来た時に腕を上げる。

それもリズムへの反応だ。

腕を上げている
↓
身体全体で踊っていない
↓
リズムを感じていない
↓
日本人はリズム感がない

この飛躍では、その客が実際に何を聴いているのかが抜け落ちる。

「日本人はリズム感がない」より、日本人が何を音楽に求めているか

日本の客席と海外の客席がまったく同じだ、と言う必要もない。

違いはある。

日本では大人数で動きを揃えるライブ文化が発達している。曲に合わせて腕を上げる、拳を振る、ペンライトを動かす。アイドルなら振りそのものを共有する。

その背景には、ライブ文化だけではなく、日本で好まれてきた音楽そのものも関係しているだろう。

ビートを身体で感じる。

メロディーを耳で追う。

歌詞を頭で理解する。

声に感情を重ねる。

ステージを見て、サビを待つ。

音楽の楽しみ方は一つではない。

日本のポップスでは、身体で受け取るリズムと同時に、メロディーや言葉や構成を追うことにも大きな比重が置かれてきた。

だから身体の外に出る表現が、腕を上げる程度に見える瞬間もある。

「Good Luck, Babe!」を聴くVMAの客も腕を上げていた。

「Creep」に心酔する客も、歌って腕を上げる。

腕を上げているのは、リズムが分からないからではない。

その曲を、その人がそう聴いているからだ。

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