人は1日30分の睡眠で足りるのか?――睡眠時間と「必要睡眠量」を考える

「30分睡眠」は訓練できるのか
――「短く寝る」と「短くて足りる」は違う

最近、SNSで「ショートスリーパー」という言葉がよく話題に上る。

1日30分、45分といった極端な短時間睡眠で活動しているという人も注目を集め、「そんなことが可能なのか」「訓練すれば誰でもなれるのか」という議論も起きている。

賛否はさておき、この話題には一つ、シンプルだが答えるのが意外と難しい問いが隠れている。

人間にとって、睡眠時間はどこまで「削れる」ものなのか。

そもそも、それは訓練で獲得できるものなのか。

それとも、人によって生まれつき必要な睡眠時間そのものが違うのだろうか。

■ 医学的に「ショートスリーパー」というものは存在するのか

まず確認しておきたいのは、「短い睡眠で本当に足りる人」は、医学・睡眠研究の世界でも実際に研究されているということだ。

Natural Short Sleeper(自然短時間睡眠者、以下NSS)。

家族性のものはFamilial Natural Short Sleep(FNSS)として研究されている。

重要なのは、これは単に「短く寝ている人」という意味ではないことだ。

「自然に短い睡眠で足りる人」である。

日中の強い眠気や、睡眠不足による明らかな機能低下を示さず、自然に短い睡眠時間で生活している。

しかも、この体質には遺伝的な背景がある可能性まで分かってきた。

2009年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のYing-Hui Fu氏らの研究チームは、自然に睡眠時間が短い母娘から、DEC2(BHLHE41)という遺伝子の変異を報告した。

その後、ADRB1、NPSR1など、自然短時間睡眠に関連する別の遺伝子変異も報告されている。

つまり、少なくとも現在科学的に研究されているNSSは、「努力して睡眠を削った人」とは違う。

もともと短い睡眠で足りる生理的な特徴を持った人なのである。

ここは重要だ。

「生まれつき短い睡眠で足りる人がいる」

という科学的な事実と、

「訓練すれば誰でも短い睡眠で足りるようになる」

という主張は、似ているようでまったく別の話なのである。

■ 「短く眠る」と「必要な睡眠が減る」は同じではない

ここで一つ整理しておきたい。

仮に、睡眠時間を意図的に短くする訓練が成立するとする。

では、それによって本当に何が変わったのだろうか。

例えば、7時間眠っていた人が、訓練によって3時間しか眠らなくなったとする。

確かに「睡眠時間を3時間にすること」には成功した。

しかし、

「身体と脳が必要としている睡眠時間そのものが3時間になった」

とは限らない。

必要量は7時間のままで、4時間分の睡眠不足を抱えながら起きているだけかもしれないからだ。

「短時間睡眠に慣れて、眠気を感じにくくなる」ことと、

「身体が必要とする睡眠量そのものが減る」ことは、同じではない。

■ 「眠くない」は「睡眠が足りている」ではない

この違いを考えるうえで、非常に興味深い研究がある。

2003年、Hans P.A. Van Dongen氏らは、健康な成人36人を対象に、睡眠時間を4時間、6時間、8時間の条件に分けて14日間追跡する実験を行った。

その結果、4時間睡眠と6時間睡眠のグループでは、日を追うごとに認知パフォーマンスの低下が蓄積していった。

ところが興味深いことに、本人が感じる眠気は、それと同じようには増え続けなかった。

最初は眠い。

しかし、その後は主観的な眠気の増加が小さくなる一方で、客観的な認知能力は低下し続けた。

つまり、

「最近、短時間睡眠に慣れてきた」

という本人の感覚だけでは、

「短時間睡眠で足りる身体になった」

ことの証明にはならない。

「眠くない」と「睡眠を必要としていない」は、別の話なのである。

■ 年齢という切り口で見ると、睡眠の意味が見えてくる

では、人間が必要とする睡眠時間は、何によって決まるのだろうか。

その手がかりの一つが「年齢」だ。

赤ちゃんは驚くほど長く眠る。

成長するにつれて睡眠時間は減っていき、成人になるとさらに短くなる。

そして高齢になると、若い頃のように長く眠り続けることが難しくなり、夜中や早朝に目が覚めやすくなる人が増える。

乳幼児期は、身体だけでなく脳が猛烈な速度で発達している時期だ。

新しい神経回路がつくられ、不要な結合が整理され、毎日のように大量の新しい情報を学習していく。

そして睡眠は、脳の発達や神経回路の可塑性とも深く関係している。

そう考えると、一つの仮説が浮かぶ。

成長段階によって、睡眠中に必要とされる「仕事量」そのものが違うのではないか。

赤ちゃんにとっての長時間睡眠は、単なる休憩ではない。

身体と脳を「つくる」ための時間でもある。

成長という機能だけに注目すれば、赤ちゃんほど長い睡眠を必要とし、成長が落ち着くにつれてその需要が減っていく――という説明は一見すると成り立つ。

では、高齢者が若い頃ほど長く眠れなくなることも、

「もう成長しないから、それほど睡眠を必要としない」

と考えていいのだろうか。

ここで話は少し変わってくる。

■ 睡眠の仕事は「成長」だけではない

睡眠には、成長以外にも重要な役割がある。

その一つが記憶だ。

私たちは起きている間に得た情報を、そのまま長期記憶として保存しているわけではない。

睡眠中には、その日の記憶が再活性化され、整理され、長期的な記憶として定着していく。

特に海馬と大脳皮質の間で行われる記憶処理と睡眠との関係は、長年研究されてきた。

そして高齢になると、睡眠は浅くなりやすく、夜間の覚醒が増え、深いノンレム睡眠に特徴的な徐波活動(Slow-Wave Activity)も減少していく。

同時に、高齢になると記憶力や認知機能も変化する。

この二つは無関係なのだろうか。

■ よく眠れる高齢者は、脳も元気なのか

この疑問に関係する研究がある。

2013年、UC BerkeleyのBryce Mander氏らがNature Neuroscienceに発表した研究では、加齢に伴う内側前頭前野の灰白質萎縮が、深いノンレム睡眠における徐波活動の低下と関連し、さらに睡眠後の記憶保持の低下とも関連していることが報告された。

つまり、

加齢
↓
脳の構造変化
↓
深い睡眠の変化
↓
記憶処理の低下

という関係が存在する可能性がある。

もちろん、これだけで「よく眠れば認知機能低下を防げる」と断定することはできない。

しかし少なくとも、

「高齢者は睡眠を必要としなくなったから、睡眠が短くなる」

と単純に考えることもできない。

むしろ、

「必要な睡眠が減った」のではなく、

「脳の老化によって、若い頃と同じような質の睡眠をつくる能力が変化した」

という可能性も考える必要がある。

ここで、睡眠時間そのものよりも、

「その時間の中で脳が何をしているのか」

という問題が浮かび上がってくる。

■ 個人差はあっても、「最低ライン」はあるのか

ここまで来ると、当然こういう疑問が出てくる。

個人差はあるにせよ、人間が健康を維持するために必要な睡眠の「最低ライン」は分かっているのだろうか。

米国睡眠医学会(AASM)とSleep Research Society(SRS)は、健康な成人について、定期的に1日7時間以上眠ることを推奨している。

ただし、これは健康維持のための集団レベルの推奨値であって、

「人間は生物学的に絶対7時間必要」

という意味ではない。

実際、Natural Short Sleeperのように、一般的な人より短い睡眠時間で自然に生活できる人も存在する。

つまり、

「一般的に推奨される睡眠時間」と、

「ある個人が生理的に必要としている睡眠時間」は、

完全に同じものではない。

赤ちゃんと成人では違う。

成人同士でも違う。

高齢になると睡眠構造そのものが変わる。

そしてNSSでは、遺伝的な違いまで見つかっている。

そう考えると、

「人間には一律に○時間必要」

という単純な答えを出すこと自体が、睡眠という現象の複雑さに合っていないのかもしれない。

■ 「削れるかどうか」より、「何が終わっているか」

ここまで調べてくると、睡眠時間を見る視点が少し変わってくる。

これは確立された医学理論ではなく、ここまでの研究を踏まえた一つの考察だ。

必要な睡眠時間とは、

「その時点で脳と身体が必要としている睡眠中の処理量」

と、

「その個体が睡眠中にそれを処理できる能力」

の関係によって決まっているのではないだろうか。

成長期には、脳と身体をつくるために多くの処理が必要になる。

成人になれば、その内容は変わる。

高齢になると、睡眠そのものをつくる脳の機能も変化する。

そしてNatural Short Sleeperには、生まれつき短い睡眠で足りる生理的な特徴がある。

そう考えると重要なのは、

「何時間眠ったか」

だけではなく、

「その睡眠で、脳と身体が必要としていた仕事を終えられたか」

なのかもしれない。

■ 30分眠れたことと、30分で足りたことは違う

最初の話に戻ろう。

短時間睡眠は訓練できるのか。

少なくとも、睡眠時間そのものを短くすることはできる。

目覚まし時計を使えば、今日からでもできる。

しかし、

「30分しか眠らなかった」

ことと、

「30分の睡眠で、脳と身体に必要な睡眠がすべて足りた」

ことは、まったく別の話だ。

現在の睡眠研究でNatural Short Sleeperとして研究されている人たちは、単に睡眠を削っている人ではない。

もともと短い睡眠で足りる人たちだ。

そして現在のところ、一般的な人が訓練によってNatural Short Sleeperと同じ生理的状態になれることが確立されているわけではない。

もし本当に訓練によって必要睡眠量そのものを大幅に減らせるのであれば、本当に確認すべきなのは、

「何時間起きていられたか」

ではない。

「睡眠中に本来行われるはずだった脳と身体の処理を、その短時間ですべて完了できるようになったのか」

ということになる。

眠っている時間の長さは、時計を見れば分かる。

しかし、その時間の中で脳と身体が何を終えたのかは、本人の感覚だけでは簡単には分からない。

だからこそ、

「短く寝ること」と、

「短くて足りること」は、

分けて考える必要がある。

【主な参考資料】

・UCSF(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)
 Natural Short Sleeper・遺伝子研究

・SLEEP / Oxford Academic
 慢性的な睡眠制限と認知機能

・Nature Neuroscience
 加齢・NREM徐波睡眠・記憶

American Academy of Sleep Medicine(AASM)
成人の推奨睡眠時間

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