2026年もSUMMER SONICの季節がやってきた。
ラインナップを眺めながら、改めてサマソニというフェスについて考えてみた。
日本の夏を代表する音楽フェスといえば、FUJI ROCK FESTIVAL、SUMMER SONIC、ROCK IN JAPAN FESTIVAL。
一般に「日本三大音楽フェス」と呼ばれることが多い3つだ。
その中で、SUMMER SONIC(サマソニ)には以前から一つの印象がある。
フジロックにはアメリカの匂いがする。
サマソニにはイギリスの匂いがする。
出演アーティストの国籍を単純に数えれば、もちろんそんな綺麗な話にはならない。
それでも歴代のラインナップを眺めていると、二つのフェスには明らかに違う「色」がある。
その違いは、どこから生まれたのだろう。
■ フジロックの後に、同じものを作らなかった
1997年、日本にFUJI ROCK FESTIVALが誕生した。
現在のフジロックは新潟・苗場を舞台に、自然の中で数日間を過ごす巨大野外フェスとして定着している。
会場へ向かい、木々の間を歩き、音楽を聴き、食事をし、その場所で一日を終える。
そこには、1969年のWoodstock以降に世界へ広がった「自然の中で音楽と時間を共有する野外フェス文化」を思わせるものがある。
その3年後の2000年、SUMMER SONICが始まった。
しかしサマソニは、フジロックと同じ道を選ばなかった。
選んだのは「都市型フェス」という方向だった。
大自然の中へ入っていくフジロック。
都市の近くへ、世界の旬の音楽を持ってくるサマソニ。
同じ大型フェスでも、最初から目指した場所が違っていた。
■ サマソニに感じる「UK」の色
第1回サマソニのラインナップを見ると、Green Day、The Jon Spencer Blues Explosion、Weezer、311など、USオルタナ勢が強い。
だから「サマソニ=UKフェス」と単純に言うのは正確ではない。
それでも歴代を通して見ると、UKロックの存在感はやはり強烈だ。
Oasis、Blur、Radiohead、Suede、Morrissey、Manic Street Preachers、Coldplay、Muse、Arctic Monkeys、The Libertines、The Streets――。
1990年代のブリットポップから2000年代以降のUKロックまで、その時代を象徴する名前が何度も登場してきた。
特に印象的なのが2002年だ。
アウトドアのヘッドライナーはGuns N’ RosesとThe Offspring。
その一方でインドアステージのトリは、7年ぶりの来日となったMorrisseyと、活動休止直前のSuedeだった。
The Streets、The Libertinesも出演している。
USの巨大ロックとUKインディーが、一つのフェスの中で自然に同居していた。
そして2008年。
ColdplayとThe Verveがスタジアムのヘッドライナーを務め、Sex Pistols、Fatboy Slim、Paul Weller、The Jesus and Mary Chain、そしてThe Prodigyも出演した。
サマソニ公式も、この年を「UKイヤー」と位置付けている。
サマソニにイギリスの匂いを感じるのは、単なる印象だけではなさそうだ。
■ 一方のフジロックには「USオルタナ」の系譜がある
フジロックを見ると、また違った名前が浮かぶ。
Foo Fighters、Red Hot Chili Peppers、Pixies、Beck、Rage Against the Machine、Sonic Youth。
もちろんUK勢も多く出演しているが、フジロックにはUSオルタナティブ・ロックの系譜を強く感じる瞬間が何度もある。
象徴的なのがFoo Fightersだ。
1997年、第1回フジロックから出演し、同じ日の直前にはTHE HIGH-LOWSがステージに立っていた。
大型台風が直撃した伝説の第1回。
THE HIGH-LOWS、Foo Fighters、Rage Against the Machine、THE YELLOW MONKEY、Red Hot Chili Peppers――。
今振り返っても、とんでもない一日である。
■ フジロックを作った日本のロック
フジロックの歴史を海外アーティストだけで語るのも違う。
THE HIGH-LOWS。
BLANKEY JET CITY。
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT。
ゆらゆら帝国。
日本のロックンロールからオルタナティブ、サイケデリックまで、独特の存在感を持つ日本勢もフジロックの歴史を形作ってきた。
1998年の第2回が、それをよく示している。
前年の台風を受けて、会場は東京・豊洲へ移された。
2日間のGREEN STAGEには、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、BLANKEY JET CITY、Garbage、Sonic Youth、Beck、Björk、Primal Scream、The Prodigyなどが並んだ。
日本と海外を分けるというより、同じロックフェスのステージにすべてが存在していた。
なかでもTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのステージは、今も映像とともに語り継がれている。
チバユウスケ、アベフトシ、ウエノコウジ、クハラカズユキ。
4人が鳴らすロックンロールと、それに異常な熱量で応える観客。
海外の巨大アーティストだけがフジロックの伝説を作ったわけではない。
日本にも、とんでもないバンドがいた。
■ 世界的スターになる前に、日本で見る
サマソニには、別の面白さがあった。
後に世界的スターになるアーティストを、まだ若いうちに呼んでくることだ。
第1回の2000年が、すでに凄い。
後に世界中の巨大フェスでヘッドライナーを務めるMuseが、なんとトップバッター。
ColdplayとSigur Rósが初来日を果たしたのも、この第1回だった。
現在なら巨大スタジアムを埋めるColdplayを、まだ世界的スターになる前に日本で見ることができた。
サマソニを見る楽しみは、「今年のヘッドライナーは誰か」だけではなかった。
「数年後のヘッドライナーが、今年はどこにいるのか」。
そんな見方のできるフェスでもあった。
■ oaks dailyが選ぶ、三大フェスの「神回」
フェスの歴史は、出演者一覧だけでは語れない。
何年経っても「あのライブは凄かった」と語られる瞬間がある。
ここからは、oaks dailyが特に印象に残る回をいくつか挙げたい。
■ FUJI ROCK 1998――THEE MICHELLE GUN ELEPHANT
第2回フジロック。
会場は東京・豊洲。
そこでTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTが残したステージは、今も日本のフェス史の名場面として語られている。
そして、この日のGREEN STAGEそのものが凄かった。
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、BEN FOLDS FIVE、KORN、HOTEI、IAN BROWN、PRIMAL SCREAM、そしてTHE PRODIGY。
1998年という時代のロックが、一つのステージに凝縮されていた。
■ FUJI ROCK 1998――THE PRODIGY、前年の雪辱を果たした大トリ
THE PRODIGYとフジロックには、少し特別な因縁がある。
1997年、第1回FUJI ROCK FESTIVAL。
THE PRODIGYは2日目のMAIN STAGEに出演する予定だった。
しかし初日を襲った大型台風によって、2日目そのものが中止となった。
THE PRODIGYのステージは幻となった。
そして翌1998年。
会場を東京・豊洲へ移した第2回フジロックに、THE PRODIGYは再びやってきた。
今度は2日目GREEN STAGEの大トリだった。
この日の並びは、
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、BEN FOLDS FIVE、KORN、HOTEI、IAN BROWN、PRIMAL SCREAM。
そして最後がTHE PRODIGY。
前年に鳴らすことのできなかった音を、今度はフジロックの最後に叩きつけた。
ロック、テクノ、ヒップホップ、レイヴ。
ジャンルを分けること自体が、あまり意味を持たない。
Liam Howlettが強烈なビートを作り、Keith FlintとMaximが巨大な観客を煽る。
THE PRODIGYという存在が、なぜ世界中のフェスで強かったのか。
その答えは、音源だけを聴くよりライブを見る方が早い。
そして、この日のGREEN STAGEの序盤に立っていたのがTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTだった。
日本のロックンロールと、イギリスのレイヴ/ロック。
音楽性はまるで違う。
しかし両者には一つ共通するものがある。
巨大な観客を、一気に熱狂させる力だ。
THEE MICHELLE GUN ELEPHANTから始まり、最後はTHE PRODIGYへ。
今振り返ると、この日のGREEN STAGEそのものが一つの「神回」だったのかもしれない。
■ FUJI ROCK 2004――PIXIES、10年ぶりの復活
1993年に解散したPixiesが、2004年に再結成した。
そしてその年、フジロックにやってきた。
オリジナルメンバーでの初来日だった。
この年はThe White Stripes、PJ Harvey、Lou Reed、The Chemical Brothers、The Libertinesも出演。
日本勢ではザ・ルースターズ、東京事変、ZAZEN BOYS、ゆらゆら帝国。
復活した伝説と、その後の時代を作るバンドが同時に存在していた年だった。
■ FUJI ROCK 2009――Oasis、日本最後のステージ
GREEN STAGEにOasisが戻ってきた。
フジロックへの出演は2001年以来。
約1か月後、Noel Gallagherが脱退し、Oasisは活動を停止した。
結果として、2009年のフジロックが当時最後の日本公演となった。
後の歴史を知っているからこそ、あの夜は特別な意味を帯びる。
■ SUMMER SONIC 2003――Radiohead、「Creep」の奇跡
この年のヘッドライナーはRadioheadとBlur。
サマソニ史上初めてチケットが完全ソールドアウトし、「歴代ベスト1」との呼び声も高い年だ。
Radioheadのアンコールで、当初のセットリストにはなかった「Creep」が最後に演奏された。
世界的な出世作でありながら、バンド自身が複雑な関係を持ってきた曲。
そのイントロが千葉マリンスタジアムに鳴った瞬間は、今もサマソニ史を代表する光景として語られている。
■ ロッキンは「日本の音楽」で巨大フェスを作った
フジロックとサマソニが海外アーティストを大きな柱として成長した一方、ROCK IN JAPAN FESTIVALは違う場所を選んだ。
基本的に国内アーティストによって、巨大フェスを作ることだ。
2005年のラインナップを見るだけでも凄い。
RIP SLYME、Mr.Children、サザンオールスターズ、YUKI、Dragon Ash、BUMP OF CHICKEN、Ken Yokoyama、ウルフルズ、フジファブリック、ZAZEN BOYS、ELLEGARDEN、RADWIMPS、銀杏BOYZ、エレファントカシマシ、奥田民生、ASIAN KUNG-FU GENERATION、坂本龍一――。
3日間の総動員は13万5900人。
海外の巨大アーティストを呼ばなくても、日本の音楽だけでこれだけのフェスが成立する。
ロッキンは、それを巨大な規模で証明していった。
■ 25年後、二つの系譜が交わった
ここで現在の話につながる。
ROCK IN JAPANを生んだロッキング・オンは、もともと洋楽雑誌から始まった会社だ。
そのロッキング・オンが2025年、新しい洋楽フェス「rockin’on sonic」をスタートさせた。
Pulp、Manic Street Preachers、Primal Scream、The Jesus and Mary Chain、Weezerなどが出演した。
興味深いのは、このフェスをSUMMER SONICを手掛けるクリエイティブマンと組んで作ったことだ。
2000年にそれぞれ違う大型フェスを育て始めた二つの系譜が、25年後、新しい洋楽フェスで交わった。
日本のフェス文化は、完成したわけではない。
今も形を変え続けている。
■ ちなみに、サマソニは最初から幕張ではなかった
第1回SUMMER SONICが開催されたのは2000年8月。
東京側の会場は、現在の幕張ではなく、富士急ハイランド・コニファーフォレストだった。
大阪側はWTCオープンエアスタジアムだった。
東京と大阪の2会場を、出演アーティストが移動する方式を採用した。
翌2001年、東京会場が千葉マリンスタジアムと幕張メッセへ移転。
ここから現在につながる「都市型サマソニ」の姿が出来上がっていく。
■ 三大フェスは、ほぼ同じ時代に生まれた
改めて歴史を並べると面白い。
FUJI ROCK FESTIVALが始まったのは1997年。
SUMMER SONICとROCK IN JAPAN FESTIVALが始まったのは、どちらも2000年。
現在の日本を代表する大型フェスの骨格は、わずか数年の間にほぼ出そろった。
しかし三者は、同じものを作らなかった。
フジロックは、自然の中で音楽と数日間を過ごすフェス。
サマーソニックは、世界の旬の音楽を都市の近くで楽しむフェス。
ROCK IN JAPANは、日本の音楽を中心に巨大な観客を集めるフェス。
違う場所を選んだからこそ、三つとも残った。
そう考えることもできる。
■ 世界には「開催しない年」を作るフェスもある
最後に、少し世界へ目を向けてみたい。
イギリスには、世界最大級の音楽・舞台芸術フェスとして知られるGlastonbury Festivalがある。
1970年に始まり、会場はイングランド南西部のWorthy Farm――その名の通り農場だ。
この巨大フェスには、興味深い習慣がある。
Fallow Year(休耕年)。
会場となる土地などを休ませるため、計画的にフェスを開催しない年を設ける。
2026年はまさにその年にあたり、Glastonburyは開催されない。
次回は2027年の予定だ。
毎年開催することだけが、フェスを続ける方法ではない。
フジロックにはフジロックの文化がある。
サマソニにはサマソニの文化がある。
ROCK IN JAPANにはROCK IN JAPANの文化がある。
そして世界には、土地を休ませながら続いてきたフェスもある。
音楽フェスが長く愛される理由は、出演者の豪華さだけではないのだろう。
どんな場所で、どんな音楽を、どんな体験として届けるのか。
そのフェスにしかない「色」があるからこそ、巨大なコンサートは、やがて一つの文化になっていく。
SUMMER SONICは、フジロックの後に生まれた。
しかし、フジロックの後を追ったフェスではなかった。
違うものを作ろうとしたこと。
そこに、SUMMER SONICというフェスの面白さがある。


