8月31日時点で、社会保険料削減ビジネスを行っている疑いから調査した事業所は45社。このうち38社が指導を受け、対象者全員の社会保険の資格喪失届を提出した。資格を失った人数は計1万1610人。残る事業所は調査が続いている。
厚労省は調査の過程で別の手法も確認したとして、9月14日に追加の通知を出した。
1万人を超える大規模な問題だ。
ただ、この1万1610人を「保険料を払いたくなくて不正をした人」と一括りにすると、問題の一部を見落とす。
当時、この仕組みは「合法」「年金事務所確認済み」と宣伝されていたからだ。
保険料を安くするために「法人の理事」になる
典型的な仕組みはこうだ。
本来なら国民健康保険と国民年金に入る個人事業主やフリーランスが、一般社団法人などの役員になる。
法人からは少額の報酬を受け取り、その報酬を基準に健康保険・厚生年金へ入る。一方で本人は法人に「会費」を払う。
所得が高い個人事業主ほど国保料は高くなる。低額の役員報酬を基準にした社会保険へ移れば、負担が大幅に下がる場合がある。
厚労省が3月18日に出した通知は、まさにこの仕組みを対象にしている。
役員として社会保険に入るには、実際に法人経営へ継続的に関与し、その労務の対価として報酬を受けている実態が必要だ。
報酬を上回る会費を本人が払っているようなケースは、使用関係や業務実態に疑義がある、とした。
普通に考えれば、かなり不自然な仕組みでもある。
社会保険料を安くするために、ほとんど仕事をしない法人の「理事」になる。
ここで「なぜ自分がこの法人の理事になる必要があるのか」と疑問を持った人もいただろう。
それでも「合法です」と説明されていた
一方で、当時の募集ページを見ると、利用者が安心してしまう理由も分かる。
社会保険料削減サービス「社保カツ」のページには、「業務は月1回、5~15分のアンケートだけ」とあり、会費月4万円、給与月2000円、実質負担3万8000円で社会保険に加入できると説明されていた。
「違法ではありませんか?」という質問には「一切違法性はありません」と回答。
過去に年金事務所の審査で一度不適用になったものの、書類を出して再審査を受け、「正式に社会保険の適用と認められた実績がある」と宣伝していた。
別のページには、「年金事務所に確認済みで、月1回のアンケート業務で社会保険に加入できます」「法的に安心して、安く社会保険と厚生年金に加入したい方はぜひ」との記載も残っている。
この事業者が今回の38社に含まれているかは、厚労省の公表資料からは確認できない。
ただ、当時この種のサービスがどう売られていたかを知る材料にはなる。
「法人の理事になります。仕事は月数分のアンケートです。会費を払います。でも年金事務所にも確認済みで合法です」
こう並べると、怪しさを感じる人もいるだろう。
しかし実際に社会保険の資格取得手続きが通れば、「そういう制度なのだろう」と受け止める人がいたとしても不思議ではない。
「今年から違法」になったわけではない
重要なのは、厚労省が今年3月になって初めて禁止したわけではないことだ。
4月10日の衆議院厚生労働委員会で厚労省は、使用関係の実態がない役員について社会保険への加入は従来から認められておらず、実態のない届出によって健康保険・厚生年金の適用を受けていたと判断されれば、届出規定に違反すると説明している。
政府の整理は、「合法だったものを後から禁止した」ではない。
一方で、制度上認められないことと、利用者全員がそれを知っていたことは別問題だ。
ここは分けて考える必要がある。
問題を知って先に抜けた地方議員もいた
2025年末に「国保逃れ」が政治問題になると、厚労省の全国調査より前に一般社団法人から離れた地方議員もいる。
横浜市議の斉藤達也氏は2025年12月25日に法人を退会し、翌1月6日に国民健康保険と国民年金への加入手続きをしたと説明している。
島田市議の三村隆久氏も、一般社団法人の理事となり、アンケート回答の報酬として月100円を受け取っていたが、2025年12月末に理事を辞任した。本人は当時、「違法ではなく制度として認識した」と説明している。
日本維新の会でも地方議員・元議員6人の利用が確認され、2026年1月に吉村洋文代表が6人全員を除名すると発表した。
つまり、2025年末から2026年初めには、少なくとも政治の世界では「この仕組みは問題になる」という強い警告灯が点いていた。
では、一般の利用者にはその警告がどこまで届いていたのか。
普通の利用者には誰が知らせたのか
ここが、まだよく見えない部分だ。
ニュースを見て自分で気づいた人はいただろう。
見なかった人もいる。
見ても、自分が加入している「社会保険料削減サービス」と同じ仕組みだと気づかなかった人もいるだろう。
加入時に事業者から「合法」「年金事務所確認済み」と説明され、実際に社会保険へ入れていたなら、自分から毎月「この契約は違法になっていないか」と調べ続ける人ばかりではない。
公表資料からは、各事業者が問題を認識した時点で、利用者へどのような説明や警告をしたのかまでは分からない。
ここは今後確認されるべきだ。
「今日から国保に戻る」では終わらない
さらに重いのが、資格喪失の扱いだ。
厚労相は4月の国会答弁で、社会保険への加入が適切でなかった場合、客観的に資格がなかったと確認できる時点まで遡ることが基本だと説明している。
その期間は国民健康保険へ遡及して加入することになる。
国保料は最大2年、国保税は最大3年まで遡って納めることになる。当時の所得を基に計算される。
所得が高く、国保負担を大きく減らしていた人なら、まとまった金額になる可能性がある。
医療費にも波及する。
健康保険の資格が過去に遡って取り消された場合、その期間に旧保険者が負担した医療費や、高額療養費などの返還が必要になる場合がある。
本来入るべき国保との間で保険者間調整ができれば、本人がいったん全額を用意せずに済む場合もある。
今回の是正は、「これから保険料が高くなる」だけの話ではない。
過去の保険料と医療給付まで巻き戻る可能性がある。
「利用者1万人=確信犯」では見えないもの
この仕組みを見て、「実態のない理事になって保険料を下げるのだから、制度の穴を使っている」と理解して入った人もいるだろう。
知らない法人の理事になり、ほとんど仕事をせず、報酬より高い会費を払う仕組み自体に、違和感を持つ余地はあった。
利用者全員を純粋な被害者として扱うのも違う。
しかし同時に、「合法」「年金事務所確認済み」「社会保険の適用実績あり」と掲げて売っていた事業者がいたのも事実だ。
利用者以上に制度を調べ、仕組みを設計し、それを商品として売っていた事業者は、資格要件をどこまで理解していたのか。
そして問題が表面化した後、利用者へ何を伝えたのか。
今回の問題では、そこも検証する必要がある。
厚労省が公表した1万1610人は、8月31日時点で調査・指導によって資格を喪失した人数だ。残る事業所の調査も続いている。
「国保逃れ1万人」という数字だけを見ると、保険料を逃れた1万人の話に見える。
だがその内側には、怪しいと思いながら使った人、合法だと信じた人、問題を知って途中で離れた人、最後まで知らなかった人が混在している可能性がある。
これから届くのは、単なるサービス終了のお知らせではない。
人によっては、過去の国保料や医療費の精算につながる。
だからこそ、1万人を一括りにする前に、誰がいつ何を知っていたのか。
サービスを売った側は何を説明していたのか。
そこまで見なければ、この「国保逃れ」問題の全体像は見えてこない。


