スペインで、国境政策をめぐる空気が大きく変わり始めている。
9月2日、首都マドリードの中心部、シベレス広場を大量のスペイン国旗が埋め尽くした。
参加者が叫んだのは、
「Ceuta no se vende, Ceuta se defiende」
「セウタは売らない。セウタを守る」
という言葉だった。
マドリードでの参加者数は、中央政府側の推計で約5万人、マドリード市側では約15万人。集会はマドリードだけではなく、スペイン各地で行われた。
きっかけは、約1か月前に起きた異例の大量越境だった。
人口8万人ほどの街に、7万人超が押し寄せた
セウタは北アフリカにあるスペイン領の自治都市だ。
地図を見ると、その特殊さがよく分かる。
ヨーロッパ大陸ではない。
モロッコに接するアフリカ側にありながら、スペイン領であり、EUの一部でもある。
そのセウタに7月30日から31日にかけて、モロッコ側から7万人を超える人々が一気に越境した。
Reutersは7万2000人超、APも約7万2000人と報じている。
人口規模そのものに匹敵する人数が、わずかな期間に国境を越えてきたことになる。
海を泳ぐ人。
防波堤を回り込む人。
国境周辺へ殺到する群衆。
その映像は世界中に拡散された。
多くはその後モロッコ側へ戻された。
スペイン当局は、越境した大半が数日以内に帰還したとしている。
ただし、9月2日時点でも数千人から1万人規模がセウタに残っていると報じられている。
人口8万人ほどの都市にとって、決して小さな数字ではない。
そして1か月後、今度はスペイン人が街へ出た
9月2日は「セウタの日」だった。
この日に合わせ、スペイン各地でセウタへの連帯を示す集会が開催された。
しかし、それは単なる連帯集会では終わらなかった。
サンチェス政権の国境政策への不満が噴き出した。
マドリードでは最大野党・国民党(PP)のアルベルト・ヌニェス・フェイホー党首をはじめ、マドリード州首相のイサベル・ディアス・アジュソ、マドリード市長らも参加。
右派Voxも加わった。
「セウタを守れ」
「サンチェスは辞任しろ」
という声が上がった。
重要なのは、これを単純に「極右による反移民デモ」と片付けることが難しくなっていることだ。
最大野党PPまで前面に出ている。
問題になっているのは、外国人の存在そのものというより、
国家が自国の国境を管理できるのか
という、もっと根本的な問題だからだ。
モロッコは本当に止められなかったのか
さらに問題を複雑にしているのが、モロッコ側の対応だ。
スペイン警察の報告書では、大量越境についてモロッコ当局の異例の消極姿勢が指摘されている。
一部の越境者は、モロッコ当局に誘導されたと証言したとも報じられている。
一方、サンチェス首相は9月3日、モロッコ政府が組織的に大量越境を仕掛けたと断定できる証拠はないとの立場を示した。
モロッコ側も意図的な関与を否定している。
つまり現時点では、
「モロッコ政府が意図的に7万人を送り込んだ」
と断定することはできない。
しかし同時に、短時間でこれほどの人数が国境を突破した事実も消えない。
ここには移民問題だけでなく、主権、安全保障、モロッコとの外交関係まで絡んでいる。
「受け入れた後に考える」では遅い
今回のスペインを見て、日本が考えるべきことがある。
移民政策ではしばしば、
「人手不足だから外国人を増やそう」
「問題が起きたら制度を改善すればいい」
という順序で議論される。
しかし、人間は商品ではない。
一度その国で生活を始めれば、仕事を持ち、家を借り、家族を持ち、子どもが学校に通り、地域社会を形成する。
長期間暮らせば、その国が生活の基盤になる。
当然のことだ。
だからこそ、受け入れた後で、
「人数が増えすぎたので減らします」
と簡単に巻き戻せるものではない。
合法的に暮らしている外国人の権利を守ることと、国家が将来の受け入れ規模を管理することは両立しなければならない。
重要なのは入口だ。
何人受け入れるのか。
どの在留資格で受け入れるのか。
家族帯同をどうするのか。
永住をどの段階で認めるのか。
住宅、学校、医療、社会保障、地域コミュニティへの負担をどう考えるのか。
そして不法滞在にはどう対応するのか。
これらを人数が増えてからではなく、増える前に決める必要がある。
日本の外国人数は、すでに「これから増えるかもしれない」段階ではない
日本の在留外国人数は、すでに急速に増えている。
出入国在留管理庁によると、2025年末時点の在留外国人は412万5,395人。
前年比35万6,418人増、増加率9.5%で、初めて400万人を超えた。
住民基本台帳ベースでも、2026年1月1日時点で約403万人。
日本人人口が減るなか、外国人住民は全都道府県で増えている。
一方、2026年1月1日時点の不法残留者は6万8,488人で、前年より減っている。
つまり今の日本で起きているのは、主に合法ルートを通じた急増だ。
だからこそ、スペインの教訓は「不法入国だけ」の話ではない。
年間三十数万人規模で増え続けた先に、住宅、学校、医療、地域の負担がどう積もるかを、入口の段階で決める話になる。
日本もようやく制度を動かし始めている
日本政府も何もしていないわけではない。
2026年1月には「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」を決定した。
さらに政府は電子渡航認証制度「JESTA」の導入、不法滞在者対策、帰化要件の見直しなどを進めている。
7月24日の関係閣僚会議でも、こうした政策の進捗が確認された。
日本でもようやく、
「外国人を何人受け入れるのか」
だけではなく、
「どのような条件で、どの程度まで受け入れるのか」
を考える段階に入っている。
しかし、欧州の事例を見ると時間的な余裕が無限にあるわけではない。
スペインの問題を「外国の出来事」で終わらせていいのか
もちろん、日本とスペインの条件は違う。
日本にはモロッコとセウタのような陸上国境はない。
人口構成も外国人比率も歴史も違う。
したがって、スペインで起きたことがそのまま日本で起きるとは言えない。
それでも一つだけ、共通する原則がある。
人の移動は、始まってから完全に元へ戻すことが難しい。
だから移民政策は、問題が起きた後の「対処」だけでは足りない。
10年後、20年後、その人たちが定住した社会を想像したうえで入口を設計する必要がある。
スペインではいま、7万人を超える大量越境をきっかけに、
「国境を誰が管理するのか」
という極めて基本的な問いが国民の前に突きつけられている。
そして9月2日、その答えを求めて大量のスペイン国旗が街を埋めた。
日本はまだ、スペインと同じ状況にはない。
だからこそ、今のうちに考えることができる。
欧州で起きたことを見ながら、同じ混乱に直面するまで受け入れを続けるのか。
それとも、外国人が社会の一員として長く暮らすことまで前提に、受け入れる人数、条件、家族帯同、永住、地域負担まで先に設計するのか。
外国人政策は、人が増えてから急に方向転換できる政策ではない。
問題が表面化してからでは遅い。
日本の外国人政策が問われているのは、その時ではない。
今である。


