コーヒーとチョコレート。
どちらも、私たちの生活にあまりにも自然に入り込んでいる。
朝にコーヒーを飲む。
仕事の合間にチョコレートを食べる。
スーパーやコンビニへ行けば、いつでも買える。
しかし、その「当たり前」を支えている生産地では、すでに大きな変化が始まっている。
■ コーヒーとカカオは、すでに高騰している
気候変動の話というと、
「2050年には大変なことになる」
という遠い未来の話に聞こえがちだ。
しかし、コーヒーとカカオについては、すでに供給不安が価格に現れている。
特にカカオは深刻な供給不足を経験した。
国際ココア機関(ICCO)の最新の改訂値では、2023/24年度の世界のカカオ生産量は約436万トン。
同年度の世界需給は約49万トンという大幅な供給不足となった。
主要産地である西アフリカで、悪天候だけでなく、病害や害虫、樹木の老齢化など複数の問題が重なった。
そして興味深いのは、この数字が一度で確定したものではないことだ。
ICCOは2023/24年度について、生産量や供給不足の推計を何度も修正している。
たとえば2024年11月時点では、世界生産量を438.2万トン、供給不足を47.8万トンとしていた。
その後もデータが集まるにつれて数字は修正され、現在は生産量約436万トン、供給不足約49万トンという推計になっている。
もちろん、農産物統計では収穫が進み、各国から実績データが集まるにつれて数字が修正されること自体は珍しくない。
しかし現在のカカオ市場では、天候、病害、害虫、農園の老齢化など複数の要因が重なり、生産量そのものを見通すことが難しくなっている。
世界最大級のカカオ専門機関でさえ、シーズンが進むたびに推計を更新している。
この「読みづらさ」もまた、現在のカカオ市場が抱える不安定さを象徴している。
コーヒーでも、高温、干ばつ、降雨パターンの変化、病害などが生産を不安定にしている。
つまり、
「気候変動によって、いつかコーヒーやチョコレートが高くなる」
という話ではない。
すでに、その入口にいる。
■ では、2050年にはどうなるのか
ここでよく出てくるのが、
「2050年にはコーヒーの栽培適地が半分になる」
という話だ。
実際、世界のコーヒー栽培適性を調べた研究では、2050年までにコーヒーの「最も適した地域」が50%以上減少する可能性が示されている。
特に影響を受けやすいのがアラビカ種だ。
アラビカは比較的涼しい高地を好む。
気温が上がれば、現在の低標高の産地ほど栽培条件が悪化する。
ただし、ここで一つ重要なことがある。
コーヒーを栽培できる場所が、地球上から単純に消えていくわけではない。
■ コーヒーの「生産地」が移っていく
気温が上昇すると、現在は寒すぎる高地が、逆にコーヒー栽培に適した気候になる場合がある。
世界のアラビカ産地を分析した研究でも、2050年代に向けて低標高地域の適性が低下する一方、より高い標高へ栽培適地が移動する傾向が示されている。
これは日本の果物を考えると分かりやすい。
温暖化によってリンゴやブドウなどの栽培適地が北へ移っていくのと、基本的には同じ現象だ。
コーヒーの場合は、
「北へ」
というより、
「より涼しい場所へ」
「より標高の高い場所へ」
適地が移り、それに伴って生産地そのものも移っていく可能性がある。
ただし、これは世界全体でコーヒーの栽培適地が増えるという意味ではない。
現在は寒すぎる一部の地域で栽培条件が改善する一方、現在の主要生産地域では大幅な適地減少が予測されている。
新しく適地になる場所が、失われる産地をすべて補える保証もない。
つまり、
コーヒーが単純に消えるというより、
「コーヒーの世界地図が書き換わる」
と考えた方が近い。
■ では、品種改良で現在の産地を守れないのか
ここには、かなり希望がある。
現在、世界では気候変動に耐えられるコーヒーの品種開発が進められている。
World Coffee Research(WCR)は、気候変動に強いコーヒー品種の開発を主要な研究テーマとして進めている。
対象はアラビカだけではない。
ロブスタについても2024年から本格的な育種活動が始まり、2025年には最初の交配から種子を採取し、増殖へ進む段階まで来ている。
さらにWCRはロブスタを国際的な育種ネットワークへ組み込み、複数の生産国で新品種開発を加速させている。
狙っているのは、
・高温への耐性
・乾燥への耐性
・病害への耐性
・高い生産性
・そして品質
だ。
つまり人類は、
「温暖化したらコーヒーは終わり」
と眺めているわけではない。
植物そのものを、これからの気候に適応させようとしている。
■ 品種改良だけではない
さらに対策は品種改良だけではない。
農園に日陰を作るシェードツリー。
水不足を補う灌漑。
土壌の保水力を高める農法。
樹木と農作物を一緒に育てるアグロフォレストリー。
そして、より適した地域への生産地の移動。
こうした対策を組み合わせることで、現在の産地をできるだけ長く維持しようとしている。
つまり将来は、
「新品種か、生産地移動か」
という単純な二択ではない。
新品種 × 農法変更 × 水管理 × 生産地移動。
複数の方法を組み合わせながら、気候変動に対応していくことになる。
■ カカオはどうなるのか
カカオも基本構造は似ている。
世界のカカオ生産はアフリカへの依存度が非常に高い。
特にコートジボワールやガーナを中心とする西アフリカは、世界のカカオ供給を支える巨大生産地域だ。
だから西アフリカの気候や生産条件が変わることは、そのまま世界のチョコレート供給に直結する。
ただし、
「2050年に西アフリカでカカオが作れなくなる」
と考えるのは正確ではない。
西アフリカのカカオ地帯を分析した研究では、気候変動への脆弱性には大きな地域差がある。
森林とサバンナの境界付近やコートジボワール東部などではリスクが高まる一方、ガーナ南部、コートジボワール南部、リベリア、カメルーン南部などは比較的影響が小さいと予測されている。
つまりカカオも、
「西アフリカから消える」
というより、
「西アフリカの中でも、作りやすい場所が変わっていく」
可能性がある。
■ カカオは「木陰」も重要になる
カカオについて興味深いのが、シェードツリーだ。
カカオ農園の中に背の高い樹木を残し、強い日射や極端な高温からカカオを守る。
気候変動への適応策として、こうした農法が改めて注目されている。
さらに、
・高温に強い品種
・病害に強い品種
・老木の植え替え
・既存農園の生産性向上
などを組み合わせる。
つまりカカオも、
「植物を変える」
だけではなく、
「植物が育つ環境そのものを変える」
ことで生き残ろうとしている。
■ それでも、すべての産地を守れるとは限らない
ここが重要だ。
品種改良は魔法ではない。
高温耐性を高めても、気温が無制限に上がっていいわけではない。
乾燥耐性を高めても、水がほとんどない環境で栽培できるわけではない。
新品種や新しい農法によって現在の産地を維持できる地域もあれば、それでも気候条件の変化に対応できない地域も出てくる。
その場合、最終的には生産地そのものを移す必要が出てくる。
そして、ここから問題の性質が変わる。
■ コーヒーやカカオは移動できる。では、生産者はどうするのか
植物だけを考えれば、
品種を変える。
農法を変える。
より涼しい場所へ移す。
新しい適地で栽培する。
という方法がある。
しかし、人間はそう簡単には移動できない。
農家には土地がある。
家がある。
家族がいる。
地域社会がある。
そして長年かけて築いた農園がある。
「ここではコーヒーが作れなくなるので、別の高地へ移ってください」
と言われても、簡単にできる話ではない。
■ 生産地を移すには大きなコストがかかる
新しい生産地を作るには、
・土地
・苗木
・水
・農業設備
・道路
・加工施設
・物流網
・労働力
が必要になる。
さらにコーヒーもカカオも多年生作物だ。
種をまいて数カ月後に大量収穫できる作物ではない。
新しい農園を作れば、収穫が安定するまでの期間を誰かが支えなければならない。
大企業なら資金を投入できるかもしれない。
大規模農園なら新しい土地を取得できるかもしれない。
しかし、小規模農家はどうするのか。
■ 「作物の生存」と「生産者の生存」は別問題
ここまで見てくると、2050年問題の本質が少し違って見えてくる。
コーヒーそのものは、おそらく残る。
カカオも、おそらく残る。
品種改良も進んでいる。
農法も変わる。
生産地も移動できる。
しかし、
現在コーヒーやカカオを作っている農家が、
2050年にも同じ作物を作っているとは限らない。
将来は、
① 新品種や新しい農法を導入して現在の土地に残れる農家
② 新しい適地へ生産拠点を移せる農家や企業
③ 適応できず、コーヒーやカカオ栽培から撤退する農家
が出てくる可能性がある。
技術が作物を救えても、
その技術をすべての農家が使えるとは限らない。
■ さらに「新しい土地」には別の問題がある
生産地が移動すれば、それで解決するわけでもない。
新しくコーヒーやカカオに適した場所が森林だった場合、
「コーヒーやカカオを守るために森林を伐採する」
という矛盾が起きる可能性がある。
森林を失えば、温室効果ガスの吸収源を失う。
生物多様性も失われる。
結果として気候変動をさらに進める可能性すらある。
だから将来の生産地移動は、
「栽培できる場所を探す」
だけではなく、
「どこなら環境を壊さずに生産できるのか」
まで考える必要がある。
■ 2050年問題を「○%残る」と簡単には言えない
そして、ここで冒頭のICCOの数字に戻る。
私たちは現在のカカオ生産量ですら、シーズン途中の推計から何度も数字が修正される世界を見ている。
もちろん、それは統計が不正確だからではない。
収穫が進み、情報が増えれば、推計がより正確になるからだ。
しかし同時に、
天候は変わる。
病害も発生する。
農家の対応も変わる。
新品種も生まれる。
農法も進歩する。
そうした無数の変数が存在する。
だから、
「2050年にはコーヒーの○%が残る」
「カカオは○%しか残らない」
と単一の数字で未来を断定することには慎重であるべきだろう。
現在の1シーズンですら予測値は動く。
まして24年後の2050年なら、なおさらだ。
■ 2050年問題は「消えるか、残るか」ではない
コーヒーやカカオについて、
「2050年にはなくなる」
という言い方も、おそらく正確ではない。
研究開発は進んでいる。
新品種も生まれる。
農法も変わる。
生産地も移っていくだろう。
しかし、その代わりに、
品種が変わる。
産地が変わる。
味が変わる可能性がある。
価格も変わる。
そして、生産者も変わる可能性がある。
■ 私たちが飲み、食べているものは「同じもの」なのか
2050年にも、私たちはコーヒーを飲んでいるだろう。
チョコレートも食べているだろう。
ただし、
そのコーヒーは現在とは違う品種かもしれない。
現在とは違う場所で作られているかもしれない。
現在とは違う農法で栽培されているかもしれない。
そして、その豆を作っているのは、
現在とは違う生産者かもしれない。
気候変動「2050年問題」。
本当に問われているのは、
「コーヒーとカカオは生き残れるのか」
だけではない。
むしろ、
「品種改良や農業技術は、気候変動の速度に追いつけるのか」
そして、
「その変化に、生産者まで一緒についていけるのか」
なのかもしれない。
コーヒーとカカオは、これからも残る可能性が高い。
しかし、
「今と同じ品種を、
今と同じ場所で、
今と同じ人たちが作り続ける」
という当たり前は、すでに揺らぎ始めている。
【主な参考資料】
・IPCC 第6次評価報告書(AR6)
・World Coffee Research(WCR)
・International Cocoa Organization(ICCO)Quarterly Bulletin of Cocoa Statistics
・PLOS ONE「Expected global suitability of coffee, cashew and avocado due to climate change」
・PLOS ONE「Projected Shifts in Coffea arabica Suitability among Major Global Producing Regions Due to Climate Change」
・CGIAR / CCAFS「Vulnerability to climate change of cocoa in West Africa」


