日本経済新聞の集計によると、2026年1〜8月に東京証券取引所へ新規上場した企業の上場時平均時価総額が、初めて300億円を超えた。
平均は309億円。過去最高だ。
「小粒上場」が減り、日本のIPO市場にも大型化の兆しが見えてきた。
しかし、米国のIPOと比べれば、309億円は決して大きくない。
米国では時価総額1兆円を超えてから上場する新興企業も珍しくない。それでも上場直後には短期資金が集中し、株価は激しく上下する。
日本の300億円は「大型化」というより、これまでが小さすぎたことの正常化である。
■日本のIPOは「数」から「規模」へ
日本のIPO市場では、上場する企業数が減る一方、1社あたりの規模が大きくなっている。
日本経済新聞の集計では、2025年にグロース市場へ上場した企業は41社。前年の64社から大きく減少した。
上場時の時価総額が100億円以上だった企業は21社と過半数を占め、中央値も2024年の58億円から、2025年には102億円まで上昇した。
EY Japanによると、2026年上半期のグロース市場への新規上場は11社。前年同期の18社から減少している。
2026年1〜8月の平均309億円が、どこまで一部の大型案件に押し上げられたのかは、同じ期間の中央値も見なければ判断できない。
それでも、時価総額数十億円で上場する「小粒上場」が減る方向自体は、前年からすでに確認できる。
背景にあるのが、東京証券取引所によるグロース市場改革だ。
これまでグロース市場では、上場から10年経過した企業に「時価総額40億円以上」という上場維持基準が適用されてきた。
しかし2030年3月以降は、上場から5年経過した時点で「時価総額100億円以上」が求められる。
新規上場時の基準そのものが100億円になったわけではない。
それでも、上場後5年で100億円へ到達する道筋を描けない企業については、主幹事証券会社や投資家が上場に慎重になる。
「まずは小さく上場し、上場後に成長する」という従来の考え方が通用しにくくなった。
■米国では1兆円を超えてから上場する
それでも、日本の平均309億円は米国と比べれば小さい。
2025年に米国市場へ上場した主な新興企業を見ると、その差が分かる。
公開価格を基準にした希薄化後の評価額は、AI向けクラウドを運営するCoreWeaveが約230億ドル、日本円で約3兆5000億円。
デザインソフトのFigmaは約193億ドル、約2兆9000億円。
フィンテック企業のChimeは約116億ドル、約1兆7000億円。
ステーブルコインを発行するCircleも約80億ドル、約1兆2000億円だった。
一方、日本のIPO平均309億円は、ドル換算で約2億ドルにすぎない。
米国では、未上場市場で数千億円、場合によっては1兆円を超えるまで企業を育て、そこから一般の株式市場へ出てくる。
日本で「大型IPO」と呼ばれる企業が、米国ではまだ未上場で資金調達を続けている規模に近いこともある。
■3兆円のFigmaでも需給に遊ばれた
では、企業が十分に大きくなってから上場すれば、株価は安定するのか。
そうとは限らない。
象徴的なのがFigmaだ。
Figmaは2025年7月、1株33ドルでニューヨーク証券取引所へ上場した。公開価格ベースの希薄化後評価額は約193億ドル、日本円で約2兆9000億円だった。
ところが、取引開始直後から買い注文が集中。初日の終値は115.50ドルとなり、公開価格から250%上昇した。
企業そのものの価値が、取引開始から数時間で3.5倍になったのだろうか。
もちろん、そうではない。
上場直後の限られた売り物に対して、話題性と買い注文が集中した結果だ。
しかし、その熱狂は続かなかった。
Figmaの株価は2026年8月28日時点で28.82ドル。初日終値から約75%下落し、33ドルの公開価格さえ下回っている。
約3兆円で上場した企業が、初日に250%上昇し、約1年後には公開価格割れ。
米国では、3兆円規模まで育った企業でさえ、上場直後の需給に遊ばれる。
■公開価格の当選者と、初値で買う人
初日の急騰だけを見れば、華々しいIPOの成功に見える。
しかし、公開価格で株式を割り当てられた機関投資家などと、取引開始後に市場で買う一般投資家では、置かれている状況がまったく違う。
Figmaを33ドルで取得できた投資家には大きな含み益が生まれる一方、100ドルを超えてから買った投資家には大きな損失が残った。
Circleも31ドルで上場し、初日の終値は83.23ドル。1日で168%上昇した。
CoreWeaveは40ドルで上場した後、一時180ドルを超えた。公開価格の4倍以上まで買われたが、その後は約6週間で時価総額が330億ドル減少した局面もあった。
企業規模が大きければ、株価が安定するとは限らない。
上場直後は売買できる株式が限られ、企業への期待と短期資金が集中する。数兆円規模の大型IPOでさえ、値幅取りの対象になる。
■小粒企業には機関投資家が入りにくい
米国では1兆円を超える企業でさえ激しく売買される。
まして、時価総額数十億円で上場した日本企業が、公開市場で安定して資金を集め続けるのは容易ではない。
時価総額が小さい企業は、機関投資家にとって必要な量の株式を買いにくい。
購入によって株価を押し上げやすく、売却時には自ら株価を下げてしまう。売買高が少なければ、必要なときに資金を回収できない可能性もある。
企業を調査するためのコストに対して、投資できる金額も限られる。
結果として株主が個人投資家に偏り、決算や材料一つで株価が大きく動きやすくなる。
企業側にとっても、株価が低迷したままでは新株発行による資金調達が難しい。株式を対価にしたM&Aにも使いにくく、上場を維持するための費用だけが重くなる。
上場したこと自体がゴールになり、その後の成長につながらない「上場ゴール」が生まれる理由の一つだ。
■市場の正常化で誰が得をするのか
小粒上場を減らせば、上場できる企業の数は少なくなる。
スタートアップにとってIPOまでの時間は長くなり、未上場の段階で追加の資金調達が必要になる。単独で成長できない企業は、M&Aや事業売却を選ぶことになる。
未上場企業を長期間支えられるベンチャーキャピタルや、成長企業を買収できる大企業にとっては機会が広がる。
一方、早期のIPOによって資金を回収したい投資家や創業者にとっては厳しくなる。
市場の正常化は、すべての関係者にとって歓迎すべき変化とは限らない。
ただ、日本ではこれまで、創業者やベンチャーキャピタルの出口がIPOに偏りすぎていた。
小さな会社をそのまま上場させるのではなく、未上場の間に事業を育てる。単独での成長が難しければ、資本力や販売網を持つ企業と合流する。
その結果、公開市場には一定の規模と成長力を持つ企業が出てくる。
小さすぎれば、機関投資家が入れない。
大きくなっても、上場直後は需給に遊ばれる。
日本の平均309億円は、胸を張って「大型化」と呼べる水準ではない。
日本市場において、機関投資家の資金を呼び込み、上場後も成長を続けるための最低限の体格へ、ようやく近づき始めた数字なのである。


