東京都内の介護施設を利用していた87歳の女性が、デイサービスから自宅アパートに送迎された後、1人で2階へ上がる途中に階段で転倒し、その後死亡した。
東京地裁は2026年9月18日、施設側が「転倒の危険を予測する注意義務を怠った」として、約1800万円の賠償を命じた。事故は2023年12月、東京・墨田区で起きた。
報道によると、施設側は利用開始時に、女性の筋力低下や腰の骨折による入院歴などが記された資料を受け取っていた。裁判所は、本人や親族に過去の転倒歴などを確認していれば、階段で転倒する危険を具体的に予測できたと判断した。
一方、本人や親族も転倒への不安を積極的に施設側へ伝えていなかったとして、その点の過失も考慮された。遺族側の請求額は約3400万円だった。
この判決を「高齢者が転んだだけで介護施設に1800万円」と単純化するのは正確ではない。裁判所は施設側が持っていた情報と、そこから予測できた危険を問題にしている。
それでも、この判決には介護の現場全体に関わる大きな問題が残る。
■転倒はゼロにできない
日本老年医学会と全国老人保健施設協会は2021年、「介護施設内での転倒に関するステートメント」を公表している。
最初に掲げられているのは、「転倒すべてが過失による事故ではない」という考え方だ。
転倒リスクの高い高齢者については、予防策を実施していても一定の確率で転倒が起きる。骨折や外傷につながったとしても、それだけで医療・介護側の過失とはいえないとしている。
さらに、活動性を高めれば転倒リスクも高まる可能性があるが、生活機能や生活の質を維持するため、ケアやリハビリテーションは原則として継続すべきだとしている。
厚生労働省の社会保障審議会でも、2018年に介護現場の委員から、特別養護老人ホームでは転倒・転落と誤嚥が多く、「転倒・転落はゼロにはできない」という前提に立つべきだとの意見が出ている。事故防止ではなく「リスクマネジメント」と考えた方が実態に合うという指摘だった。
介護とは、もともと転倒しやすい人、誤嚥しやすい人、急変しやすい人を支える仕事である。
事故を完全になくす方法だけを考えれば、歩かせない、立たせない、1人にしないという方向へ近づいていく。
それでは介護ではなくなる。
■「もっとできた」は事故の後なら言える
今回の判決が「事故をゼロにしろ」と命じたわけではない。
問題は、事故が起きた後に、「もっと詳しく聞いていれば分かった」「もう少し付き添えば防げた」「もう1人職員がいれば防げた」という義務を積み重ねていったとき、現場がどう行動するかだ。
介護事業者が合理的にリスクを避けようとすれば、転倒歴の多い人、独居の人、階段のある住宅に住む人、身体機能が低下した人ほど受け入れにくくなる。
職員を増やせば解決するという話でもない。
送迎のたびに1人の利用者を居室まで送り届け、その間ほかの利用者を車内で待たせることにも問題がある。厚労省の介護報酬Q&Aでも、居宅内介助を行うために他の利用者を送迎車内で待たせることは認められないとしている。
安全のために必要な仕事を一つ増やせば、その時間と人員はどこかから持ってこなければならない。
介護の現場に無限の職員はいない。
■「送迎」と「家の中まで介助」は同じではない
デイサービスの送迎についても確認しておきたい。
厚労省の「介護サービス情報公表システム」では、「利用者送迎」と「送迎時における居宅内介助」は別のサービスとして表示されている。
居宅内介助には、電気の消灯や点灯、着替え、ベッドへの移乗、窓の施錠なども含まれる。実際に、送迎は行っていても居宅内介助を行っていない事業所があることを、厚労省自身が例示している。
つまり、デイサービスを利用しているからといって、すべての利用者について職員が当然に居室まで入り、安全な状態になるまで付き添う制度ではない。
必要な介助は利用者の状態やケアプラン、事業所のサービス内容によって変わる。
今回の女性について、実際の契約や通所介護計画で送迎範囲がどこまで定められていたのかは、現時点で確認できた報道だけでは分からない。判決全文も確認できていない。
ここは今後、判決を評価するうえで重要になる。
■1800万円という結果を現場は見る
約1800万円という金額がどのように算定されたのかも、判決全文を確認しなければ分からない。
死亡事故では慰謝料や逸失利益、葬儀費用などを積み上げ、被害者側にも過失があれば過失相殺される。今回も本人や親族側の過失が考慮されたと報じられている。
問題は、介護事業者がこの判決をどう受け止めるかだ。
利用者の安全を守ろうと努力していても、一度の転倒が死亡につながり、注意義務違反が認定されれば1800万円規模の賠償になり得る。
介護される高齢者は、若い人より小さな事故が重大な結果につながりやすい。
介護事業者にとって、利用者を受け入れること自体が大きなリスクになってはいけない。
「事故を起こしたら責任を取れ」を際限なく積み重ねた先にあるのは、安全な介護とは限らない。
最初から危険な人を受け入れない介護かもしれない。
■裁判官は30日、福祉現場に入ってほしい
裁判官は任官後の一定時期に、少なくとも30日間、福祉現場で研修を行うべきだ。
介護施設だけではない。障害福祉、児童福祉などを含めてもいい。
1日や2日の施設見学では足りない。
送迎に同行する。入浴介助を見る。食事や移乗、排泄介助を見る。家族とのやり取りを見る。事故報告やヒヤリハットの記録を見る。職員が欠勤した日のシフトを見る。複数の利用者から同時に呼ばれる時間帯を見る。限られた職員で一日をどう回しているのかを見る。
もちろん、資格のない裁判官に危険な身体介助をさせる必要はない。職員と同じ時間軸で現場に入り、そこで毎日どのような判断が行われているのかを経験すればいい。
この提案は、司法制度からかけ離れたものでもない。
最高裁の司法研修所はすでに、裁判官には法律知識だけではなく、社会・経済の実情について理解を深める必要があるとして、民間企業や報道機関などへの派遣型研修を実施している。現在は年間20人程度が派遣されている。
外部経験をした裁判官自身も、裁判所の公式サイトで、記録や文献だけではなく「現場に身を置くことには代えがたい」と振り返っている。
ならば福祉も、その「現場」に加えていい。
■現場を知った上で裁いてほしい
事故が起きたから仕方がない、という話ではない。
明らかな介助不足や危険の放置があれば、事業者は責任を負うべきだ。
利用者が高齢だから、死亡しても仕方がないという話でもない。
その一方で、法律の上では可能に見える対策が、毎日何十人もの高齢者を相手にする現場で継続可能なのかは別の問題になる。
事故が起きた後なら、「もっと確認できた」「もっと付き添えた」という言葉はいくらでも並べられる。
裁判所が問うべきなのは、事故後に考えられる完璧な対応ではなく、事故が起きる前の時点で、その現場、その人員、その利用者の状態から、何をすることが合理的に求められたのかではないか。
裁判官に介護事業者へ甘い判決を求めたいわけではない。
現場を知ったうえで裁いてほしい。
高齢者を守るための判決が、結果として高リスクの高齢者を誰も引き受けない社会をつくってしまえば、本末転倒だ。
事故ゼロは理想であって、介護の前提にはできない。
その現実を知るための30日間なら、決して長すぎる研修ではない。


