「家族葬 10.45万円~」。
テレビCMでこの数字を見れば、10万円台から貸切ホールで家族葬ができると思う人もいるだろう。
消費者庁は9月18日、葬儀サービス「小さな森の家」を運営する金宝堂に対し、景品表示法に違反する有利誤認があったとして措置命令を出した。
問題になったのは、貸切ホールを用いる家族葬について放送されたテレビCMだった。
CMでは「1日1組 貸切ホール」「選べるホールがこんなに」と紹介した後、「お得なプランがこの価格から」という音声とともに、「家族葬 10.45万円~(税込)」と大きく表示していた。
ところが消費者庁によると、貸切ホールを用いる家族葬の提供を受けるには、ごく僅かな場合を除いて30万8000円以上が必要だった。
10万4500円のほぼ3倍である。
10万4500円というプラン自体が存在しなかったわけではない。
CM画面の下には小さく「こちらの料金は火葬式プランになります」と表示されていた。火葬式は、通夜や告別式を行わず火葬を中心に行うプランだ。
だがCMでは、その直前まで貸切ホールを紹介し、その流れで「家族葬10.45万円~」と大きく表示していた。
消費者庁は、貸切ホールを使った家族葬が最低10万4500円で利用できるかのような表示だったと認定した。
「~」を付ければ済む話ではない。
広告を見た消費者が想像するサービスと、実際にその金額で受けられるサービスが違えば、安い数字だけが一人歩きする。
葬儀トラブルは年間1000件を超えた
今回の問題は、一つの葬儀会社だけを見て終わる話でもない。
国民生活センターによると、葬儀サービスに関する相談は2023年度886件、2024年度979件、2025年度1005件。
2025年度には1000件を超えた。
相談には、「価格やサービス内容について十分な説明がない」「質素な葬儀を希望したのに高額な料金を請求された」といったものがある。
2026年6月に国民生活センターが紹介した事例では、「一日葬約30万円」というチラシを見て依頼したところ約80万円になったケースや、「家族葬50万円」という表示を見て依頼したところ、追加費用を含め総額200万円を超えたケースも紹介されている。
なぜ葬儀では、こうした料金トラブルが起きやすいのか。
棺はいくらなら普通なのか。
祭壇は。
生花は。
搬送、安置、骨つぼ、返礼品、料理。
一般の消費者が日常的に価格を把握しているものではない。
米5キロが1万円なら、多くの人は「高い」と判断できる。
ラーメンが3000円なら、高価格帯だと分かる。
家電ならネットで何店舗も比較できる。
日常的に買う商品には、自分の中に相場がある。
葬儀にはそれがほとんどない。
しかも、サービスを選ばなければならないのは家族を亡くした直後だ。
国民生活センターも、死別直後で冷静に対応しにくいこと、短期間で多くのことを決めなければならないこと、サービスや費用項目が複雑であることを料金トラブルの背景として挙げている。
「最後のお別れ」で安い方を選べるか
葬儀では、単なる商品選択に感情が入り込む。
棺を安いものにする。
花を減らす。
祭壇を小さくする。
料理のグレードを下げる。
予算に応じて決めればいいはずなのに、「故人との最後のお別れ」となると話は変わる。
「最後くらいは」
「これくらいはしてあげたい」
そんな気持ちが生まれる。
そこで追加の提案を受ければ、冷静に「いりません」と言える人ばかりではないだろう。
すべての葬儀会社が感情につけ込んで料金を上げているという話ではない。
ただ、買い手は相場を知らない。
時間もない。
感情が大きく動いている。
一方、売る側は日々その商品を扱い、価格もオプションも熟知している。
情報量の差は大きい。
結婚式にもある「一生に一度」
この構造は葬儀だけではない。
人生の反対側にある結婚式にも、よく似たものがある。
「一生に一度の結婚式」。
料理を一段上げる。
衣装を増やす。
装花を豪華にする。
写真や映像を残す。
ウェディングケーキ、引き出物、テーブルコーディネート。
一つなら数万円でも、積み重なれば数十万円、100万円単位になる。
リクルートの「ゼクシィ結婚トレンド調査2024」によると、挙式、披露宴・ウエディングパーティー総額の平均は343.9万円。カップルの自己負担額の平均は161.3万円だった。
300万円を超える買い物なら、普通は何社も比較し、価格と内容を細かく検討する金額だ。
しかし、多くの新郎新婦にとって結婚式場との契約は初めてである。
料理はいくらなら普通なのか。
装花の20万円と40万円では、実際にどの程度違うのか。
写真や映像はいくらが相場なのか。
最初から知っている人は少ない。
そして打ち合わせが進むにつれ、
「料理を一段下げたらゲストに失礼ではないか」
「花が少ないと寂しく見えないか」
「写真は一生残るものだから」
という感情が入ってくる。
国民生活センターも、結婚式では契約当初の見積もりから、料理、衣装、会場アレンジなどを具体化するにつれて費用が高額になり、当初の見積もりを大きく超えたことでトラブルになるケースがあるとして注意を呼びかけてきた。
「見積もりより高い金額だったが仕方なく契約した」という相談も寄せられている。
「一生に一度」と「最後のお別れ」
結婚式と葬儀は正反対の出来事に見える。
一方は人生の門出。
もう一方は人生の終わりだ。
だが、消費市場として見ると共通点が多い。
どちらも何度も購入して相場を学ぶ商品ではない。
サービスの組み合わせが複雑で、最終的な総額も最初から見えにくい。
そして何より、強い感情の中で契約する。
結婚式なら「一生に一度」。
葬儀なら「最後のお別れ」。
価格を抑えることに、どこか後ろめたさまで感じやすい。
筆者は、こうした市場を「一回性市場」と呼びたい。
売る側には長年蓄積した知識がある。
買う側は初めてに近い。
しかも契約金額は大きい。
日用品や家電とは、売り手と買い手が持つ価格情報の差がまるで違う。
安さを入口にして、総額が見えなくなる
低価格を広告で示すこと自体に問題があるわけではない。
必要最低限のサービスだけでいい人もいる。
問題になるのは、広告を見て問い合わせた後、実際に自分が求める内容を選んでいったとき、最終的にいくらになるのかが見えにくいことだ。
今回の「小さな森の家」のCMでは、「1日1組 貸切ホール」と見せた後に「家族葬10.45万円~」。
実際の貸切ホールでの家族葬は、ごく僅かな場合を除いて30万8000円以上だった。
国民生活センターが紹介した別の相談では、「家族葬50万円」という表示から、最終的に200万円を超えたケースもある。
最初から200万円だと分かっていれば、別の会社を探した人もいるだろう。
50万円だから問い合わせた。
10万円台だから話を聞いた。
日程を決め、打ち合わせを進め、具体的な内容を選び始めてから総額が膨らめば、そこで一度全部やめ、他社と最初から比較し直すハードルは高くなる。
冠婚葬祭で本当に知りたいのは、「最安値」ではない。
普通にそのサービスを利用した場合、最終的にいくら払うことになるのか。
結婚式も葬儀も、一度きりだからこそ価格が分かりにくい。
そして一度きりだからこそ、消費者が価格を比較する経験も蓄積されない。
「一生に一度」と「最後のお別れ」。
その言葉が重くなる市場ほど、入口の安さではなく、実際に支払う総額が見える料金表示が求められる。


