ドローンと聞いて、何を思い浮かべるだろうか。
空撮用の小型機。イベント会場の上空を飛ぶ撮影機。あるいは、小さな荷物を住宅まで届ける「未来の宅配便」。
しかし、ドローンの世界はすでにその先へ進んでいる。
現在、中国の山岳地帯では30kg級の荷物を積んだ大型ドローンが日常的な物資輸送に使われ始めている。さらに視野を広げれば、1トン、2トンという貨物を積み、1000km以上を飛ぶ大型無人航空機まで登場している。
もはや「空飛ぶ宅配便」ではない。
空飛ぶトラックである。
そして、この大型物流ドローンの世界を追っていくと、もう一つ興味深い事実が見えてくる。
なぜ、この分野で中国がこれほど強いのか。
■ 標高2000mを超える山で30kgの荷物が空を飛ぶ
中国四川省の峨眉山。
標高3000mを超える峰を持つ、中国を代表する観光地の一つだ。
ここでは2025年から、本格的なドローン物流ネットワークが稼働している。
使われている機体の一つが、中国DJIの大型物流ドローン「FlyCart 30」だ。
デュアルバッテリー使用時で最大30kg、シングルバッテリーでは最大40kgを積載できる。30kgを積載した状態でも最大飛行距離は約16km。最高速度は20m/s、時速にすると約72kmに達する。
さらにウインチを備えているため、着陸できない場所では機体を空中に停止させ、荷物だけを地上へ降ろすこともできる。
山岳物流との相性は非常にいい。
峨眉山では生活物資や医療物資、建築資材などを山へ運び、帰路ではゴミを下ろすといった運用まで始まっている。
道路を造ることが難しい場所に、空から物流網を作ってしまうのである。
■ 日本の山でも同じドローンが飛んでいる
これは中国だけの話ではない。
日本でも2025年、八ヶ岳の赤岳鉱泉への物資輸送に大型ドローンが投入された。
飛行距離は約6.7km、高低差は約800m。
人間が荷物を背負って登れば数時間かかるルートを、大型ドローンなら数分で飛ぶ。
浅間山でも、山小屋「火山館」への物資輸送が行われている。こちらでは約26kgの荷物を積み、片道約3.2kmを自律飛行した。
ここで興味深いことに気づく。
八ヶ岳でも浅間山でも、使われている大型物流ドローンは「DJI FlyCart 30」なのである。
つまり、中国の山で使われている大型物流ドローンが、日本の山岳物流にも導入されている。
■ なぜ日本の山でも中国製なのか
もちろん、日本にドローン技術がないわけではない。
国産ドローンメーカーのACSLは、日本郵便などと物流ドローンの開発・実証を進めている。目視外飛行、遠隔運航、複数機の同時運航など、日本企業も高度な技術を持っている。
制度面でも、日本では2022年から「レベル4飛行」が可能になった。
一定の条件を満たせば、有人地帯の上空でも操縦者が機体を直接見ない目視外飛行ができる。
したがって、
「日本では規制が厳しいからドローン物流ができない」
という単純な話ではない。
それでも30~40kg級の大型物流機を、完成した製品として購入し、そのまま実際の現場へ投入するという部分では、DJIが一歩先を走っている。
DJIの強さは「飛ぶ機体を作れる」ことだけではない。
積載能力、耐候性、測位、通信、ウインチ、バッテリー、運航管理、保守まで含めて、一つの物流システムとして製品化している。
そして、それを量産できる。
ここに中国の強さの一端がある。
■ 中国では328万機以上のドローンが登録されている
中国の強さをDJI一社だけで説明することはできない。
2025年末、中国で登録されているドローンは約328.7万機に達した。
年間飛行時間は4530万時間を超える。
さらに前年と比べると、登録機数は約51%増、飛行時間は約70%増えている。
中国はドローンを大量に作っているだけではない。
猛烈な勢いで、実際に飛ばしている。
その背景には巨大な製造業の集積がある。
モーター、バッテリー、電子制御装置、カメラ、センサー、通信機器、半導体、そして機体。
特に深圳を中心とする広東省には、ドローンを構成する巨大なサプライチェーンが形成されている。
つまり中国では、一つの巨大企業だけがドローンを作っているのではない。
「ドローンを作る産業」そのものが存在しているのである。
■ 大量に作り、大量に飛ばす
そして、もう一つ重要なのが「実際に使う量」だ。
ドローンは飛ばせば飛ばすほど、データが蓄積する。
どの程度の風まで飛べるのか。どこで通信が不安定になるのか。バッテリーはどの程度劣化するのか。山岳地帯ではどんな問題が起きるのか。大量の機体を運航すると、どこにボトルネックが生まれるのか。
研究室だけでは得られないデータが、実際の運用から大量に戻ってくる。
そして、そのデータを次の機体へ反映する。
大量に作る。
大量に飛ばす。
実際の仕事に使う。
そこで得たデータを次の機体へ戻す。
さらに性能が上がり、用途が広がる。
この循環こそ、中国のドローン産業を強くしている大きな理由の一つだろう。
■ 夜空を埋め尽くす「ドローン版マスゲーム」
中国のドローン産業を象徴する光景がある。
巨大なドローンショーだ。
数千機、ときには1万機規模の小型ドローンが夜空を埋め尽くし、巨大な文字や人物、建造物などを描く。
まるで「ドローン版マスゲーム」である。
もちろん、ショー用の小型ドローンと大型物流ドローンは別物だ。
しかし、数千機を同時に飛ばすためには、それぞれの位置、高度、速度、飛行経路、時間、機体同士の間隔などを正確に管理しなければならない。
単なる派手なイベントに見えるが、その背後には大量の無人航空機を製造し、通信し、正確に制御する技術と産業基盤がある。
中国が「ドローン大国」であることを、これほど視覚的に分かりやすく示す光景もない。
■ そして中国では「2トン」が空を飛び始めた
ドローン物流の大型化は、すでに30kgや40kgの世界を超え始めている。
2026年1月、中国では「FP-985 Taurus」という大型無人物流機が高原物流の実証飛行を行った。
最大離陸重量は約5.7トン。
積載量は2トン超。
航続距離は2000kmを超える。
実証ではチベット自治区の林芝から四川省まで、1100kmを超える区間を飛行した。
その一部では、陸路なら約27時間かかる輸送を4時間以内に短縮したと報じられている。
ここまで来ると、「ドローン」という言葉から一般的に想像する姿とはかなり違う。
無人貨物航空機である。
さらに中国では「天馬1000」という別の大型無人物流機も登場している。
最大積載量は約1トン、航続距離は約1800km。高高度飛行だけでなく、短い滑走路での離着陸、自動荷役、自律航法まで想定されている。
30kg級の大型マルチコプターから、1トン、2トンを運ぶ無人貨物機へ。
「無人で荷物を運ぶ」という技術は、急速にスケールを拡大している。
■ 大型ドローンは何の「電波」で飛んでいるのか
大型物流ドローンを見ていると、一つ疑問が浮かぶ。
数km、あるいはそれ以上離れた場所まで飛んでいく機体を、どうやって操縦しているのだろうか。
FlyCart 30ではDJIのO3映像伝送システムが使われ、さらに4G通信にも対応している。直接の無線通信と携帯電話ネットワークを組み合わせることで、通信経路に冗長性を持たせることができる。
位置情報についても、単純なGPSだけではない。
複数のGNSSとRTK測位などを組み合わせ、高精度な位置情報を取得する。
そして今後、物流ドローンの通信はさらに複雑になっていく。
5Gなどの通信網、衛星通信、GNSS、地上管制システム、機体側のAI、自律航法。
これらを組み合わせることで、人間がラジコンのように機体を操作する世界から、「目的地を指定すれば機体自身が飛ぶ」世界へ移っていく。
自動運転車の空版と考えた方が近い。
■ 中国が作ろうとしている「低空経済」
中国は、ドローンを一つの製品として育てる段階から、さらに先へ進もうとしている。
キーワードは「低空経済(Low-altitude economy)」だ。
物流だけではない。
農業、測量、インフラ点検、観光、災害救助、無人貨物機、さらにはeVTOLによる旅客輸送まで、比較的低い高度の空域を利用する産業を一つの巨大な経済圏として育成しようとしている。
そのために必要になるのは機体だけではない。
通信網、航法、監視、空域管理、離着陸拠点、充電設備、運航管理システムなど、地上側にも巨大なインフラが必要になる。
つまり中国が目指しているのは、
「ドローンをたくさん売ること」
だけではない。
空そのものに、新しい交通網を作ろうとしているのである。
■ 道路のない場所にも物流網を作れる
大型物流ドローンの本当の価値は、宅配便が少し速くなることではない。
道路がなくても物流網を作れることだ。
山小屋、離島、過疎地、災害現場、道路が寸断された地域、建設現場、送電線や通信設備。
こうした場所へ大量の物資を運ぶには、従来は人力、ヘリコプター、あるいは道路そのものが必要だった。
大型ドローンなら、その前提の一部を取り払える。
30kgを運ぶ機体が当たり前になり、やがて100kg、1トンへと大型化する。
さらに自律飛行と通信インフラが整えば、物流における「道路」という概念そのものが一部で変わる可能性がある。
■ ドローンは「空飛ぶカメラ」から「空飛ぶトラック」へ
かつてドローンは、空から映像を撮影するための機械というイメージが強かった。
次に注目されたのが宅配ドローンだった。
そして現在、そのさらに先が始まっている。
中国の山では30kg級の物資を積んだドローンが飛び、日本の山でも同じ中国製機体が使われ始めた。
さらに中国では、トン単位の貨物を1000km以上運ぶ大型無人航空機まで登場している。
その背後には、巨大なドローン製造産業とサプライチェーン、膨大な実運用、通信、AI、航法、空域管理、そして「低空経済」という国家規模の構想がある。
日本に技術がないわけではない。
しかし現在の中国との差を見ると、重要なのは一つの高性能な機体を作れるかどうかだけではないことが分かる。
大量に作る。
大量に飛ばす。
実際の仕事に使う。
そこで得たデータを次の機体へ戻す。
そして、空そのものをインフラにする。
この循環が、中国の強さなのだろう。
ドローン物流はまだ始まったばかりだ。
しかし将来、山の上を大型ドローンが飛んでいても、誰も振り返らなくなる日が来るかもしれない。
そのとき私たちは、それを「ドローン物流」とさえ呼ばなくなっているのかもしれない。
それは単に、
「物流」
と呼ばれているはずだ。


