世界の感染症は、もう「対岸の火事」ではない――年間4,000万人が訪れる日本で、何が把握できていないのか

ドイツ・フランクフルト空港で、空港で働く6人が熱帯熱マラリアに感染し、2人が死亡した。

6人はマラリア流行地域への渡航ではなく、空港での仕事に関連して感染したとみられている。

マラリアは通常、マラリア原虫を持つハマダラカに刺されることで感染する。

流行地域から遠く離れた国際空港周辺で、本人の渡航とは関係なく起きるものは「空港マラリア」と呼ばれる。今回も、流行地域から何らかの形で運ばれてきた感染した蚊が人を刺した可能性が考えられている。

ただし、その蚊が航空機、貨物、手荷物など、具体的にどの経路でフランクフルトへ入ったのかは特定されていない。

極めてまれな事例であり、現地当局も一般市民の感染リスクが高まっているわけではないとしている。

問題は、この一件だけを恐れることではない。

人と物が大規模に移動する社会では、感染症もまた国境を越える。

日本も、その外にはいない。

日本には、すでに年間4,000万人を超える外国人が訪れている

日本政府観光局によると、2025年の訪日外客数は、

4,268万3,600人。

前年比15.8%増で、過去最多を更新した。

2024年の3,687万148人から、わずか1年間で580万人以上増えている。

さらに、日本国内で生活する外国人も増えている。

出入国在留管理庁によると、2025年末の在留外国人数は、

412万5,395人。

前年比9.5%増で、初めて400万人を突破した。

観光だけではない。

就労、留学、ビジネス、家族滞在など、さまざまな形で人が国境を越えている。

日本人も海外旅行、出張、留学、駐在などで世界各地を行き来する。

航空貨物、食品、原材料、動植物、コンテナも動く。

国際的な往来が拡大すれば、海外で流行する感染症が日本へ入ってくる機会も増える。

これはセンセーショナルな話ではない。

すでに日本の統計に表れている。

日本でもマラリアは毎年確認されている

「マラリアはアフリカなど熱帯地域の病気」

というイメージは強い。

確かに、日本国内でマラリアが常時流行しているわけではない。

しかし、日本で患者が発生していないわけでもない。

国立健康危機管理研究機構(JIHS)が2026年8月に公表した分析によると、2007~2025年に日本で届け出られたマラリア患者は、

941人。

そのうち591人、62.8%が重症化しやすい熱帯熱マラリアだった。

現在、日本で確認されるマラリアはすべて輸入症例とされている。

つまり、海外で感染し、その後日本で確認されたケースだ。

2007~2019年は年間40~78例で推移していた。

ところが、新型コロナウイルスの世界的流行によって海外渡航が大幅に制限された2020年には21例まで減少した。

その後、2024年まで再び増加が続いている。

ここでいう「輸入感染症」は、外国人だけを意味するものではない。

海外で感染した外国人が日本で発症するケースもあれば、日本人が海外で感染して帰国後に発症するケースもある。

感染症対策として見るべきなのは、

どの地域から、どの感染症が、どの程度入ってきているのか。

その実態である。

20代の結核患者では「外国生まれ」が90%

すでに日本が具体的な対策を始めている感染症もある。

結核だ。

厚生労働省によると、2024年に日本で新たに登録された結核患者1万51人のうち、外国生まれは、

1,980人。

前年より361人、22.3%増加し、新規患者全体の19.7%を占めた。

さらに若い世代を見ると、状況は大きく変わる。

20~29歳の新規結核患者では、外国生まれが1,161人。

この年代の新規結核患者に占める割合は、

90.0%。

30~39歳でも407人、68.9%を占める。

また、外国生まれの新規結核患者1,980人のうち、入国から5年以内だった人は1,166人。

58.9%と半数を超えている。

これは推測ではない。

厚生労働省が公表している結核統計である。

日本は実際に「入国前結核検査」を始めた

こうした状況を背景に、日本政府は2025年から一部の国を対象として「入国前結核スクリーニング」を始めた。

フィリピンとネパールでは2025年6月23日から、ベトナムでは同年9月1日から、対象となる中長期滞在者について、在留資格認定証明書交付申請または査証申請の際に「結核非発病証明書」の提出を求めている。

指定された医療機関で胸部X線などの検査を受け、活動性結核を発病していないことを確認する制度だ。

つまり政府自身が、国・地域によって感染症の流行状況が異なることを前提として、対策を始めている。

問題は、こうした対策が必要かどうかという段階ではない。

すでに必要と判断され、一部では実施されている。

そして、ここから先が問題になる。

政府は一部を見始めている。見きれていないのは全体だ。

水際ですべての感染症を止めることはできない

成田空港では、検疫時に異常を訴え、医師が検疫感染症を疑った入国者について、血液、咽頭ぬぐい液、喀痰などを採取して検査している。

対象には、マラリア、デング熱、鳥インフルエンザ、チクングニア熱、MERS、ジカウイルス感染症などが含まれる。

しかし、すべての入国者について、あらゆる感染症を検査しているわけではない。

潜伏期間中で症状がない場合もある。

感染していても本人が気付いていない場合もある。

感染直後には検査で捉えにくい病気もある。

水際対策は必要だが、すべてを止める装置ではない。

だからこそ、入国後の発見と感染経路の把握が重要になる。

日本では梅毒も急増した

水際検疫だけでは把握しにくい代表的なものが、性的接触によって広がる感染症だ。

日本では近年、梅毒が大きな問題になっている。

日本感染症学会によると、日本の梅毒報告数は2010年代に入ってから大きく増加し、2023年には、

1万4,906人

に達した。

2022年以降は年間1万例を超える高い水準が続いている。

厚生労働省も、梅毒の拡大や先天梅毒の増加などを踏まえ、2025年11月に性感染症に関する予防指針を改正し、実態把握や対策の強化を進めている。

淋菌感染症についても、JIHSは日本国内で2020年以降、男女とも増加傾向にあるとしている。

性感染症の増加そのものは、すでに確認されている事実だ。

梅毒では「性風俗の利用歴」まで調査している

日本が性感染症について何も調べていないわけではない。

梅毒については、感染症発生動向調査で、患者の感染経路だけでなく、診断前6か月以内の性風俗産業の利用歴や従事歴も調査されている。

JIHSの集計では、男性患者の中に直近6か月以内の性風俗産業の利用歴があるケースが一定数確認されている。

つまり、

「梅毒が増えている」だけでなく、「どのような性的接触が背景にあるのか」まで一定程度調べている。

一方で、ここから先になると見えにくくなる。

国際的な性的接触は、どこまで把握できているのか

海外旅行中の性的接触。

海外での性風俗サービスの利用。

日本を訪れた外国人による国内での性的接触。

人が国境を越えれば、性的接触も国境を越える。

日本感染症学会も梅毒を「インバウンド感染症への対応」の対象疾患として取り上げている。

しかし、ここで一つ分からないことがある。

日本で確認されている梅毒などの性感染症のうち、国際的な人の移動や性的接触がどの程度関係しているのか。

現在公表されている全国統計から、その全体像を読み取ることは難しい。

現時点で、外国人観光客の増加と国内の梅毒増加との因果関係を示す全国データは確認できない。

だからこそ、調べる必要がある。

年間4,000万人を超える外国人が訪れ、日本人も大量に海外へ出る時代に、

国際的な性的接触による感染をどこまで把握できているのか。

分からないものを原因と決めつけることはできない。

同時に、分からなければ対策の必要性も判断できない。

感染症対策の出発点は、感染経路をできるだけ正確に把握することである。

人だけではない――日本は航空機内の「蚊」まで監視している

そしてフランクフルトの事例は、さらに別の経路を示した。

感染した人を検査するだけでは防げない場合がある。

感染した蚊そのものが国境を越える可能性があるからだ。

空港マラリアは極めてまれだ。

しかし、日本もこの経路を想定している。

成田空港では、空港区域だけでなく、来航した航空機内などで捕獲された蚊も検査対象としている。

捕獲した蚊の種類を調べ、デング熱、ジカウイルス感染症、ウエストナイル熱、チクングニア熱、マラリアなどを媒介する種類の雌について病原体検査を行っている。

つまり日本の検疫は、

人だけではなく、航空機などに紛れ込んで侵入する媒介生物まで監視している。

フランクフルトで起きたことは珍しい。

だが、国際空港を持つ日本にとって、想定されていない経路ではない。

訪日客4,000万人時代、日本はどこまで把握できるのか

フランクフルトの空港マラリアは、極めてまれな事例だ。

日本で同じことが起きると決まったわけではない。

しかし、人だけでなく、航空機に紛れ込む蚊のような媒介生物まで国境を越える時代に、感染症を「海外の出来事」として扱うことはできない。

年間4,000万人を超える人が訪日する日本では、水際での検疫だけでなく、入国後の早期診断、医療機関への情報共有、感染経路の調査、媒介生物の監視、地域の保健所との連携がこれまで以上に重要になる。

増えた人の流れに対し、日本の感染症対策は必要な情報を把握できているのか。

感染が起きたとき、誰が、どこで、どのように発見し、広がる前に対応できるのか。

問うべきなのは、そこだ。

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