来日後に慢性腎不全を患い、人工透析を続けているガーナ国籍の男性が、千葉市による生活保護申請の却下を違法として争っていた裁判が決着した。
最高裁第2小法廷は2026年9月9日付で男性の上告を退け、請求を認めなかった一審・二審判決が確定した。
4人の裁判官のうち3人による多数意見だった。
一方、三浦守裁判長は反対意見を付け、男性のように療養目的の在留資格で日本に滞在する外国人に必要な保護を認めないことは「著しく人道に反する」と指摘した。
少なくとも、こうした外国人を保護対象から外す生活保護法の規定は違憲で無効だとの考えを示した。
最高裁多数意見は、生活保護法が外国人を対象としていないこと自体が憲法に違反するかどうかについては判断しなかった。
今回確定したのは、この男性の生活保護請求を認めないという結論である。
しかし、この裁判を詳しく見ていくと、生活保護だけではない別の制度が浮かび上がってくる。
国民健康保険だ。
日本で働いた後、人工透析が必要になった
男性は2015年に来日した。
最高裁決定についての報道によれば、兄が経営する会社で働いていたが、その後、慢性腎不全を発症した。
過去の報道ではパン製造会社でフルタイム勤務していた時期も伝えられている。
2019年ごろから週3回の人工透析が必要となり、在留資格は療養のための「特定活動」に変更された。
この在留資格では就労が認められず、収入を得られなくなった。
男性は2021年に千葉市へ生活保護を申請。
しかし市は、外国人は生活保護法上の「国民」に当たらないとして申請を却下した。
男性は処分の取り消しなどを求めて提訴したが、2024年1月の千葉地裁、同年8月の東京高裁ともに請求を認めなかった。
そして今回、最高裁への上告も退けられた。
外国人の生活保護はどうなっているのか
生活保護法第1条は、生活に困窮する「国民」に必要な保護を行うことを定めている。
ここでいう「国民」は日本国民を意味し、外国人には生活保護法そのものに基づく受給権はないというのが現在の司法判断だ。
一方、日本では1954年の旧厚生省通知に基づき、一定の外国人について、日本人に準じた保護を行政措置として行ってきた。
重要なのは、この二つは同じではないということだ。
外国人に生活保護法上の権利が認められているわけではない。
一定の外国人について、行政措置として生活保護に準じた支援が行われている。
厚生労働省の通知にも、外国人への保護は「法律上の権利として保障したものではない」と明記されている。
千葉市も2024年、保護の対象となる外国人は永住者など活動制限のない一定の在留資格に限られ、市が独自判断で対象を広げることはできないとの立場を示している。
今回の男性はその対象にはならなかった。
それでも人工透析は現在も受けられている
では、生活保護を受けられない男性は、どうやって人工透析を続けているのか。
ここがこの問題のもう一つの重要な点だ。
過去の報道によると、男性は支援団体の協力によって住民票を取得し、国民健康保険に加入した。
さらに重度の障害認定を受け、人工透析について公的な医療費軽減制度を利用しているとされる。
千葉市では、人工透析が必要な慢性腎不全は国民健康保険の「特定疾病」の対象になっている。
認定を受ければ、通常は人工透析に関する月々の自己負担額が1万円、70歳未満の上位所得者では2万円までに抑えられる。
さらに重度障害者に対しては、自立支援医療や市独自の医療費助成制度も存在する。
千葉市は外国人の人工透析に関する市民からの問い合わせに対し、健康保険への加入、保険料納付、障害程度、所得などの条件を満たせば、国籍を問わず医療費助成の対象になると説明している。
「医療滞在なのに国保に入れるのか」
ここで疑問が生まれる。
外国人が日本で治療するために取得する在留資格「特定活動(医療滞在)」は、原則として国民健康保険の対象外ではなかったのか。
実際、その通りだ。
厚生労働省は2011年から、最初から医療を受けることを目的として日本に入国・滞在する外国人について、国民健康保険の適用対象から除外している。
理由も明確に説明されている。
治療目的で来日する人の場合、支払う保険料に比べて受ける医療給付が多額になることが明らかであり、公的医療保険制度の対象になじまないからだ。
つまり、
海外から日本の医療を受けるために来る。
日本に住民登録する。
国民健康保険に加入する。
高額な治療を公的保険で受ける。
という利用は、制度上できないようになっている。
しかし「特定活動」には別ルートがある
ところが、「特定活動」にはもう一つ重要な扱いがある。
すでに日本に滞在していた外国人が病気になり、
本来なら帰国しなければならないものの、病気のため飛行機に乗れないなど、帰国が困難になった。
こうした場合、人道上の理由から、法務大臣が個別に「告示外の特定活動」を認めることがある。
そして厚生労働省は、この「告示外特定活動」については、医療目的であっても国民健康保険の適用除外にはならないとしている。
ここは一般的な「医療滞在」と大きく違う。
最初から治療目的で来日する医療滞在は国保対象外。
一方、日本で生活していた人が病気になり、帰国困難などを理由に人道上認められた告示外特定活動なら、条件を満たせば国保に加入できる。
同じ「特定活動」「療養目的」と報じられていても、制度上は全く同じではない。
この男性はどちらなのか
では今回のガーナ人男性は、どちらに当たるのか。
報道では「療養目的の特定活動」「医療滞在」などと表現されている。
一方で、男性は実際に住民票を取得し、国民健康保険に加入していると報じられている。
厚生労働省の制度上、一般的な告示25号の「医療滞在」であれば国保の適用対象外だ。
それに対して、人道上の理由による告示外特定活動であれば国保への加入が可能になる。
報道されている事実関係を合わせると、男性の在留資格は一般的な医療ツーリズム型の「医療滞在」とは異なる扱いになっている可能性がある。
ただし、本人の在留カードに添付される「指定書」の具体的な内容は公開されておらず、この男性がどの告示外特定活動に該当しているのかまでは確認できない。
ここは断定すべきではない。
少なくとも明らかなのは、男性が日本で生活している途中で病気になり、その後も在留を認められ、国民健康保険に加入しているということだ。
最高裁で敗訴しても透析は直ちに止まらない
今回、男性は最高裁で生活保護請求に敗れた。
しかし、それによって国民健康保険や人工透析が自動的に打ち切られるわけではない。
男性が現在の在留資格を更新し続けることができ、住民登録と国民健康保険の資格を維持し、必要な保険料を納めれば、公的医療保険を利用することはできる。
人工透析については特定疾病制度がある。
障害者向けの医療費助成についても、条件を満たせば利用できる。
一方で生活保護は認められていない。
そのため、家賃、食費、光熱費などの生活費については、これまで通り支援団体や寄付などに頼ることになる。
つまり現状は、
医療は公的な医療保険・助成制度。
生活費は民間支援。
在留は特定活動。
という組み合わせで成り立っているとみられる。
支援団体が生活費を支え、在留資格と国保資格が維持される限り、この状態が長期化する可能性はある。
最高裁裁判長が示した「人道」
その上で、今回の三浦守裁判長の反対意見を見る必要がある。
三浦裁判長は、男性のように療養目的で滞在する外国人に必要な保護を与えないことについて「著しく人道に反する」と指摘した。
そして、少なくともこうした外国人を生活保護の対象外とする規定は違憲で無効だとの考えを示した。
男性が厳しい状況に置かれていることは間違いない。
週3回の人工透析が必要で、在留資格上は働くこともできない。
「助ける必要がある」と考える人がいることも理解できる。
しかし、それを生活保護という国家の給付義務にまで広げるとなると、問題はこの男性一人では終わらない。
「命に関わる」はどこまで国家の責任になるのか
人工透析を中止すれば生命に関わる。
しかし、生命に関わる事情を抱えている人は世界中にいる。
がん。
心疾患。
難病。
腎不全。
高額な薬を必要とする病気。
自国では十分な治療を受けられない人も数多く存在する。
「治療を受けなければ命に関わる」
という条件だけで日本に長期的な生活保障義務が発生するのであれば、対象となり得る人は極めて多い。
社会保障制度は、目の前の一人だけを見て設計することはできない。
同じ条件の人が次に現れたときも、同じ支援を提供できる制度でなければならないからだ。
迫害から守ることと、病気を支えること
「人道」という言葉には異なる問題が含まれている。
戦争。
政治的、宗教的迫害。
虐待。
国家による弾圧。
本人の力では避けることができず、本来その人を守るべき母国政府まで加害者になっている場合がある。
だから難民保護や国際的な人道支援が存在する。
一方、今回の男性が直面している中心的な問題は病気と生活困窮だ。
病気が深刻であることと、迫害から逃れてきた人を保護することは同じ問題ではない。
男性はガーナ国籍である。
本来、ガーナ国民の医療や生活保障について第一に責任を問われるのは、本人、家族、ガーナの社会保障制度、そしてガーナ政府である。
日本でより良い治療を受けたいと考えることと、日本政府がその生活まで長期的に保障する義務を負うことは同じではない。
公的医療保険との境界も問われる
今回のケースを見ると、生活保護だけを議論しても全体像は見えない。
男性は生活保護を受けられなくても、国民健康保険に加入し、人工透析について公的な医療費軽減制度を利用している。
しかも厚生労働省の制度は、
最初から治療目的で来日する外国人は国保から除外する。
一方、日本滞在中に病気になり、人道的理由で告示外特定活動を認められた人については国保から除外しない。
という線を引いている。
これは一定の合理性がある。
日本で生活し、働いていた人が突然重病になった場合まで、即座に無保険にすることには大きな問題があるからだ。
一方、この状態が長期間続けば、
在留資格を人道上認める。
国民健康保険への加入も認める。
高額医療の公的負担も続ける。
さらに生活費まで生活保護で保障するのか。
という次の問題が出てくる。
どこまでを日本社会が負担するのかという線引きは避けられない。
寄付による支援と生活保護は違う
男性を支援したい人が寄付する。
支援団体が家賃や食費を支える。
医療機関や国際団体が援助する。
ガーナ政府や関係機関が支援する。
そうした人道支援には意味がある。
助けたいと思う人が自ら負担する仕組みだからだ。
しかし生活保護は違う。
税金によって社会全体が負担する制度である。
制度として一人に認めれば、同じ条件にある人についても同じ基準で判断しなければならない。
人工透析のように長期間続く治療であれば、一時的な緊急援助とも性質が違う。
誰が何年、場合によっては何十年にわたって生活と医療を支えるのかという問題になる。
問われているのは外国人の命の価値ではない
この問題を、
「外国人の命を見捨てるのか」
という問いだけで語れば、本来の論点が見えにくくなる。
外国人の命が軽いという話ではない。
問われているのは、日本という国家が外国籍の人に対して、どこまで長期的な社会保障責任を負うのかという問題だ。
緊急的に人命を救うこと。
迫害や虐待から人を守ること。
在留を人道上認めること。
公的医療保険への加入を認めること。
生活保護によって生活そのものを保障すること。
これらはすべて別の制度であり、本来それぞれに境界がある。
最高裁で終わったのは生活保護の裁判
今回の最高裁決定によって、男性が生活保護を求めた裁判は敗訴で確定した。
しかし、男性の人工透析治療そのものが終わるわけではない。
在留資格と国民健康保険を維持できれば、公的医療制度を利用しながら治療を続けることは可能だ。
生活費については支援団体などの民間支援が続くかどうかが大きな鍵になる。
そして三浦裁判長の反対意見は、そこからさらに一歩進み、生活そのものについても国家による保護を認めるべきだという問題を提起した。
もし外国人への社会保障をそこまで広げるのであれば、
誰を対象にするのか。
どの在留資格まで認めるのか。
どれだけ日本に暮らしていれば対象になるのか。
どのような病気を対象にするのか。
母国で治療できないことを条件にするのか。
本人や家族、母国政府には何を求めるのか。
財源は誰が負担するのか。
こうした条件を法律として決める必要がある。
人道的に助けたいという思いと、日本という国家が長期的な生活保障を負う義務は同じではない。
今回の裁判は、外国人の生活保護だけではなく、日本の在留制度、国民健康保険、医療費助成、そして社会保障全体の境界を問いかけるものになった。


